【幕間】‐Friendship‐
──【テレム・モリセウス】。
もうこの名前も捨て時かもしれない。
オレは別に、自分が悪人だって自覚はない。
いつしか記憶は薄れて消えていくもの。
予定を少しばかり早めた程度ではないか。
誰かの命を奪ったことだって一度もない。
ただ数十人の黒髪を誘拐して、植物状態寸前まで記憶を奪っただけだ。
恨まれる事なんてなにもしちゃいない。
していたとしても、当人が覚えていないのだから責任を果たす義務もない。
それにさ、物語では【愛の為の悪行】はなんやかんやで水に流される。
そ、全ては愛の為だ。そんな安っぽい動機だった気がする。
もう昔の事で記憶は確かではないが、恋をしていた。
以前のオレは根暗でしたばかり見ているようなどうしようもないガキだった。
根暗なガキがお姫様に恋をした。
まさにダイアちゃんとブラックちゃんみたく。泥水と一凛の薔薇。
高嶺の花はオレの婚約者だった。
ちょっとだけ生意気だったが、知性があって魅力的。
彼女の前では顔に熱が帯びて熱くてしょうがなかった。
だけどさ、彼女はずっと『名前の知らない男の子』の話ばかりする。
頬を赤らめ、無自覚の初恋のように。
どうしようもなく、嫌だった。
そんな時だ。──初めて他人の記憶を奪った。
そして知ったのだ。自分が[獏]だと。
ずっと自分は水系統魔力で魔力の放出しか出来ないと思い込んでいたが、そうではなかった。
【闇系統記憶属性】の使い手。
恋敵は彼女に『この世界ではないどこかの話』をして心を射止めたようだ。
だからオレは自分に与えられた権利を使って、『名前の知らない男の子』に打ち勝つ。
経験が自己を作る。経験の数だけ、上質な存在になるんだ。
だから、もっと知りたい。
もっと価値のある存在になりたい。
彼女が頬を赤らめ、無自覚の初恋のようにオレの名前を呼んでくれるように。
「──……そう思っていた時代がオレにもあったな。アルバちゃん、恋バナは誰かが聞いてなくっちゃ面白くないもんだ」
【記憶支配】。
眠らせた相手の頭の中に侵入し記憶を操作することが出来る。
そして使い勝手が良いのはオレ自身が眠ったり動けなくなるというデメリットはなく、本体も自由に動かすことが出来る。
つまり現在、こことアルバちゃんの頭の中にふたりのオレが存在しちゃっている。
しかし、あっけない決着だ。
【最強の[魔法使い]】アルバート・メティシア・ドラゴネス第三王子。
神聖的な超越者だとばかり思っていたら、デバフの指輪を装備して〝凡人〟に憧れている〝変わり者〟だった。
正直、肩透かしもいいところだ。
「さっさと記憶を全て奪って、オレ好みの〝最強チート主人公〟に生まれ変わらせてやるよ」──アルバちゃんの頭に手を伸ばす。
「シャァアア!」──影から現れた黒猫に手をひっかかれた。
「──っ!?」──確か、アルバちゃんの部屋で見た……。
黒猫はしばらくこちらを睨みつけて──影に潜る。
〝殺気〟。
それは真後ろから、急いで後ろを振り向くと両手にナイフを持って振り上げている幼女。
一瞬何が起こったか分からなかったが、幼女に猫の耳と尻尾があるのを確認して、さっきの黒猫と同一個体だと確信した。
急いで斬撃を避ける。
「アルバは『行方不明の令嬢がどこにいるか自白するまで出てくるな』って言ってたけど、限界なの」
「[猫亜人]で〝黒髪〟。良い記憶を持っていそうだ。君も、転生者?」
目を細めて、首を傾げられてしまった。
転生者ではない。またはずれだ。
はずれだが、アルバちゃんとの問答を聞かれているようだから記憶は消しておかなければいけないだろう。
「ノラばっかりに集中してて良いの?」
幼女の視界の先。
そこには眠っているアルバちゃんから指輪を外した[半妖精]の使用人。
茶髪の[半妖精]は【妖精のなりそこない】と呼ばれる劣等個体だ。
生まれた時から負け犬人生を送っているのだから記憶に価値はない。しかも使用人ときた。
そんな奴が勝ち誇ったようにこちらを見ている。
「──……はは。魔力が解放されたとしても、寝ているのだから意味はないさ。それに記憶を消されずに済んだと思っているのなら残念、アルバちゃんの記憶は徐々に失われている。大切な物から着実に」
顔を結構な力で叩いても起きやしない。
「……それが、キミの言う『親友』の在り方かな?」
「劣等個体がオレに説教か? なら言わせてもらうが、宝の持ち腐れだろ。こんな馬鹿げた魔力の持ち主が身近にいるのに使わせないなんて。アルバちゃんだって真っ白になってオレの言う通りに世界征服でもした方が幸せだろ。[探偵]なんて馬鹿げたこと続けさせてるなよ」
軽蔑だろうか。
こんな[半妖精]にどう思われようと関係ないが、少し腹が立つ。
慰み者か、同情で近くに置いてもらっている分際で。
「馬鹿げてなんかいないよ。アルバがなりたいって思って、一番好きな自分でいられるならボクは応援する。理想を押し付けるキミは友達失格だよ」
「オレが失格? まさか自分の方が『親友にふさわしい』なんて言うじゃないだろうな。対等でもない劣等個体が。友情ってのは情報の共有だ。自分にない知識を与えてくれる存在。お前みたいな奴になにが出来る」
「そう言うキミは奪ってばかりじゃないかな」
「与えているだろ、全てを。【黒玉】でどれだけの情報を共有したか」
「友情って、そんな物じゃ生まれないと思う。長い時間をかけて語って、笑って、喧嘩して。相手を分かってきたり、分からなかったり。裏切られたり、時には嫌いになったりする。過ごした時間を、友情って呼ぶんだと思うよ。──それを放棄したキミには友達の資格はないからっ! そもそもアルバの親友はボクだしぃ!」
「……珍しくティファが激おこなの」
小動物に威嚇されているような感じだ。
眠っているアルバちゃんを抱きしめて、守り切ってみせるなんて面構えだ。
『親友』と言うより、まるで──。
「重すぎだろ。地雷系かよ」




