【記憶】‐Memory‐
──その探偵事務所は時代や国に似つかわしくない見た目をしていた。
まさに英国風の建築物。
東京の住宅街でもかなり浮いていた。
田舎のラブホテルくらいには異質な建物だったはずだ。
そんな探偵事務所で、ハードボイルド(死語かもしれないが)に事件を解決。
家族も、友人も、恋人すらいなかったが、俺には事件があった。
それ以外の時間は好きなレコードで音楽をかけて探偵小説を読みふける。
お供は紅茶とロックでスコッチウイスキー。それを交互に飲む。
つまみにはアボカドとベーコン。ごま油とガーリックのドレッシングで味付け。
「灰皿に煙草がいっぱいだ。死因は癌に間違いない」──前世の回想にチャラい悪人テレムが割り込む。
「残念だな。トラックとの人身事故だ。それに煙草は吸ったことがない」
「嘘は良くないぜ。現に、こうして」
「いつも事件の助言を求める刑事がヘビースモーカーだったものでな」
「山盛りになってんのにどうして捨てない?」
「『お前はこんなにも肺を虐めてる』と見せつけているのさ」
「性格悪いこって」
この男にだけは言われたくはない。
何人もの黒髪から記憶を奪い去り、植物状態にしているような[獏]だ。
いまだって俺の記憶の中に入り込んで好き勝手しているのだから。
右手に視線を送る。
しかし[魔封石龍]の化石から作られた指輪はない。
記憶の中では、ただの魔力なし。
テレムは前世の探偵事務所を見渡す。
「ここはアルバちゃんの記憶の城」──棚からファイルを抜き取り、開く。──「何を成したか。何を思ってきたか。アルバちゃんを構成している全ての要素がここにある」
「それを空き巣に入るが如くお前が盗み出すと」
「そ。恵まれている記憶を、恵まれない人生を送っている人物に与える。いわゆる義賊ってやつさ」
「名門校の生徒が恵まれていないとでも言うのか?」
「一時的な物さね。獲物がいたから、たまたまここで商売をしているってだけの話」
「疑問はそこだ。黒髪のダリア嬢目当てでドラゴネス魔法学校に侵入したんだろ。だがダリア嬢の記憶はお前からしたらはずれだった。ならどうして、事が大きくなる前に逃げださなかった?」
間違いなくリリーナがダリア嬢を虐めていたという醜聞もテレムが裏を引いている。
適当に生徒を見繕って記憶を書き換え情報屋組合に噂を流したのだろう。
だが理由はなんだ?
自分の逃げ道を無くして何をしたかったのか。
……答えはおそらく、その行為によって反応を示す人物を待っていた。
第二王子レオルドの婚約者を貶めることによって、レオルドはどんな駒を使うか。
テレムが危険を冒しても奪いたい駒。
「どーだっていいだろ。どうせ全部忘れて、オレの大親友になるんだから。それより客人には茶を出すのが礼儀じゃないかね」
「お前に茶の良さが分かればいいのだが。何を飲む?」
「ジャスミン茶が飲みたい。やっすいパックのやつじゃなくて、花がふわっと咲くやつ」
中国茶のストックはしていただろうか。
そういえば中国雑技団の事件を解決した際にもらったジャスミン茶があったな。
お湯を沸かす。
キッチンに写真立てがあった。──前世にこんなものは置いていない。
写真には、現世の探偵事務所と兄妹達。■■■■■。
そして助手のティファ、弟子のノラが写っていた。
「俺を構成している要素、か」──少し恥ずかしさが襲ってきて、苦笑い。
テレムに見付からないように写真立てを倒す。
「それにしてもさ、アルバちゃんて本当に滑稽だよな。[探偵]なんて前世みたいな規則性がある世界だから成り立つエンタメだってのに。魔法の世界でも続けてるわけだろ。酷く滑稽で、痛々しいよ。親友のそんな姿は見たくないわけ。早く諦めて、現実を見ろよ。【最強の魔法使い】として返り咲こう。そんで世界を自由にしてさ、親友伝説を残すんだ」
「お前の親友になど──」
「なるさ、絶対。アルバちゃんが[探偵]にしがみついているのって、シャーロック・ホームズや金田一耕助みたいな奴等を正義の指針にしてるってわけだろ? 大丈夫。全部忘れるから。物事を決める基準はなくなって、その空虚にオレが収まる。まさに君の良心」
【記憶操作魔法】は他人の行動を操作したい場合、架空の日課を植え付けることで可能になる。
しかし大きな記憶消去によっては人格をも変えてしまう。
ブラックからはダリア嬢の記憶を全て奪った。
彼の『正義の指針』を奪ったのだ。
その隙間に適当な記憶をねじ込んでしまえば、自由に操れる。
例えば、『自分は【黒玉】の製作者で、他人を傷付けることも躊躇しない悪人』。
ほっとくだけで代わりに悪事を行ってくれる。
「記憶が失われても、お前の親友にはならん」
テレムは優雅にジャスミン茶を口に運ぶ。
「アルバちゃん、親友とはなんだ?」
「知らんな。俺にとっては未確認生命体だ」
「親友は全てを共有出来る存在さ。だからオレも皆に惜しみなく与える。娯楽を、嘘を、罪だって惜しみなく」
「随分と不平等な関係じゃないか? まるでお前の玩具だ」
俺の言葉を受けて、合点がいったように両手を叩きながら大声で笑う。
「その通り。だから平等にしよう。まずはアルバちゃんがオレに与えてくれよ。その分はしっかり返すから」──ずっと会話が出来ていない。
「悪いが、俺に親友が出来るとしても。少なくともお前ではない」
このままでは記憶を全て抜き取られてしまうだろう。
ましてやここは記憶の世界。言ってしまえばテレムのフィールド。
……勝ち目はない。
しかし幸いなことに、俺には助っ人がいる。
頼りない[半妖精]な男の娘とぐーたらしている[猫亜人]の幼女。
あのふたりがどうにかしてくれるに違いない。
だから今は事件の黒幕と優雅にお茶会を嗜むとする。




