【嘘】‐Liar×Liar‐
魔法省の役人達がこの【ドラゴネス魔法学校】に訪れた。
奴等の目的は【黒玉を製造・密売していたブラック・フレイド】【密売に加担した令嬢達】【黒玉を使用した生徒達】の一斉逮捕。
魔法省と言えば俺が城を捨てる前に管理していた組織であるから、長年勤めている者には(髪色が違う程度じゃ)すぐにバレる。
だから状況説明は第二王子の婚約者リリーナに丸投げしてきた。
リリーナや学校が捜索した際にはダリア嬢は見付からなかったようだが、魔法のプロフェッショナルである魔法省の連中にかかれば造作もない。
そもそもお腹を空かせて、自分から姿を現すかもしれない。
事件はこれにて解決。
謎はいくつも残っているような気もするが、いずれ探偵事務所で優雅に紅茶を嗜んでいる時にでもふと解消される事だろう。
つまりこの魔法学校とは、もうお別れというわけだ。
たった数日の事だったがそれなりに楽しかった。
学生というのもそう悪いものでもないのかもしれない。
魔法薬学の教室で黄昏る。
「お。ちっす。どもどもー。アルバちゃんこんなとこにいたのかよ。外の騒ぎはなんだ? まあ、今日の授業はお休みってのはありがたいけど」
現れたのは【リヴァイアサン寮】の制服である青ローブを着崩して、耳には重たそうなピアス。両手には厨二風手袋。青い髪。
前世で言うところのクラスのお調子者でテニス部のチャラ男。
この学校の全員と親友になるなんて馬鹿げた夢を持っているテレム・モリセウス。
「もうこの学校とはおさらばなものでな。空気感、というのか。心に刻んでいた」
「乙ですな。でも転入したばっかで……なんかのジョークだろ」
「俺はとある人物の依頼でやってきた。ダリア嬢を見つけて欲しいと。事件はもう解決した。だからここにいる必要がないんだ」
「……犯人は?」
「婚約者のブラックが危険薬物の密売をしていた。それに見かねたダリア嬢が姿をくらました。または口論の末に監禁したんだろ」
「ひぇ。そいつぁおっかないな。とてもそんなことやるような人物には見えなかったが」
「そういう奴ほど裏の顔があるのがお決まりさ」
テレムは近くまでやってきて机の上に腰掛ける。
それから俺の足元を見て。
「花? なんだいそれは」
「事件の重要証拠だ。魔法省は事情聴取に時間を取られているからな。この花に辿り着くまで見張っていようと思って」──庭の花を引き抜き、鉢植えに。
「見張るって、そんなことする必要ないだろうに。花はすぐには枯れないものだぜ」
「花を調べられたら困る人物が処分しにくるかもしれないじゃないか。──例えば、真犯人とかな」
「考えすぎだろ」
ふたりして声を出して笑った。
「もしもの話だ」と付け加える。
「いやしかし、本当に残念だ。アルバちゃんとは大親友になれる予感がしてたんだけどなぁ」
「『財布を任せても安心出来るような関係』というやつか」
「その行為は信頼の証さ。『君はオレの信頼を勝ち得た。だから財布の中を盗むはずがない!』ってさ」
「お前、他人なんて信じてないだろ」
「は?」──予想外の言葉だったのか目を丸める。
「無意識かもしれないが、それってつまり篩に掛けてるんだ。財布の中の金に手をつけたら、お前を見限ると。いつまでも他人を試すような付き合い方は親友と呼んでいいのか疑問だな」
「あいたたっ」──まるで一本取られたと言わんばかりに笑う。相変わらず掴めない男だ。──「そうだよねー。不誠実かもしれない。アルバちゃんの親友になるためには平等じゃなっくちゃあいかんですな。どう、殴り合う?」
「断る」──不良漫画じゃあるまいし。
「よし、じゃあこうしよう。オレの隠し事を話すってのはどうだい」
「ほう」
ぐいっと距離を縮めて、耳元で囁く。
「実はアルバちゃんがこの国の第三王子ってこと知ってるんだよね」
静かに睨みつける。
しかしテレムは飄々としながら首を横に振った。
「違う違う。勘違いしてくれるなよ。それもこれもオレの職業に繋がるってわけ」
「[遊び人]」──「そそ」──名乗る者は大抵王族や貴族階級が酒場や売春宿を隠れて利用する時くらいで、得られる恩恵はない。
本当の職業を隠す際にも使われる。
まさに【嘘吐き】の称号。
「本当は職業は[密偵]。魔法省の人間さ。今回のダリアちゃんの事件にも裏方として役に立ってたんだぜ」
「そうか。レオルドの資料があまりにも的確だったから部下を忍ばせているとは確信していたが、お前だったとは……だが変だな。どうしてお前の情報だけ資料に乗せなかった?」
「ん?」──「資料になかったんだ」
『……お前は、誰だ?』。
「そりゃあ、身内なわけだし。疑う意味ないじゃん」
「リリーナ・ヴィクトリアは資料にあったのにか」──「彼女は容疑者のひとりなわけだし、しょーがないっしょ」
戦略だけで言えば俺よりも頭が回り、情報収集能力の高い[職業/軍師]レオルド。
そんな兄でもひとりだけ資料に乗せ忘れることがあるらしい。
「お前はこの花の名前を知っているか?」──ブラックが品種改良した黒い花。テレムの返事は待たない。──「[黒いダリア]」
花にはさほど興味はないし、詳しくはない。
そんな俺でもこの花だけは知っている。
未解決ミステリーに少しでも興味があれば聞いたことくらいはあるだろう。
そして彼等の名前をした花。
「そんな大切な花を犯行に使用するなんてブラックちゃんも酷だな」
「重要証拠と言っただけで、犯行に使われたなんてひと言も──……。それにこの花はなんの変哲もないただの[ブラックダリア]だ。薬品利用するにしてもせいぜい果糖注射液」
「なにか言いたげだね。怒らないから言ってみ」
「ひとりの男が婚約者に喜んでもらう為だけに作った花というわけだ」
【魔法薬学】の教師ムラサメ曰く『[記憶果実]は『恐れている記憶』を消せるだけ』と言っていた。
つまりただの[ブラックダリア]と[記憶果実]を掛け合わせたところで記憶を保存するキャンディにはなりえない。
「これは推測でしかないが。ダリア嬢は転生者だとする。そして前世に負った深いトラウマを現世でも引きずり続けていたとしたら、彼女の怯えた性格も納得が出来る。ブラックが[記憶果実]を熱心に研究していた理由も。──消してあげたかったのだろう。前世のトラウマを。しかし現世の記憶にしか作用しなかった」
「わっかんないよ。アルバちゃんが言ってること、なにひとつもわっかんないよ」
「結論はシンプルだ。そんな風にささやかに生きてきたふたりの人生を壊そうとしている悪人がいるとしたら──心から軽蔑する」
右手人差し指、指輪に手をかける。
抜き取ろうとした瞬間、押し倒され固められた。
「つまりさ、ブラックちゃんを微塵も疑ってないってことだよな。安心して損しちゃったじゃん。まったく、噓吐きだなぁ」
「お互い様だろ」
自分が詰んでいる事を悟ったのか、テレムのひたいから汗が流れる。
その汗は──肌色をしていた。
そのふたりはどこか似ているようで。
根本から真逆の存在だった。




