【制圧】‐Suppression‐
ブラックの放った魔法によって【リヴァイアサン寮】の強化ガラスが割られ、大量の水が共同スペースに流れ込んでくる。
足が沈んだと思いきや、気が付けば腰まで。
魚や魔法生物まで寮内に入ってくる始末。
「まずいんじゃないか? このままじゃ、寮全体が沈む。他の生徒だっているんだぞ」
「安心してください、義弟君。この学校は歴代校長が代々魔法をかけて守っているんです。ある程度の破壊箇所なら修復されます。さっきの生徒会長の部屋だって今頃、治っていることでしょう」
……自動修復。
確かに割られた強化ガラスは徐々に元に戻っていく。
共同スペースの水は肩まで増してきたが、不思議と他の通路に流れていく様子はない。
まるで見えない透明の壁があるかのように。
「強化ガラスが治れば、水も徐々に引いていくんです」
「……言いたくはないが、魔法って便利だな」──相変わらず原理が分からなくて、好かんけども。
ならどうして、ブラックは強化ガラスを割ったのか。
こけおどし? 学校の自動修復を知らなかった?
そんなわけはない。
ブラックは一緒に流れ込んできた魔法生物──[水霊馬]の背中に乗る。
[水霊馬]とは魚のような下半身をした灰色の馬の姿をした水妖精。
水上馬車などに使われ、他種族にも友好的と思われがちだが、【服従魔法】がかけられた特殊な手綱がなければ扱うのはかなり困難である。
まさに暴れ馬。
[水霊馬]は騎乗したブラックを振り落とすべく、かなりの速度で強化ガラスの外へ泳ぎ出す。
「追います!」──リリーナも[水霊馬]の背中に。
「気を付けろ。こいつらは元々人間を溺死させて食事にする種族だからな」
忠告に小さく微笑みながら頷く。
それから暴れ馬にしがみついてブラックを追った。
俺もふたりを追うように信用に出来ない魔法生物の背中に乗り、体毛を握りしめる。
突然鳴き、暴れ出すかと思ったがそんなことはない。
……進んではいる。
外に出て、強化ガラスが完全に修復するのを見届けた。
水と流れ込んだ魚や魔法生物も一緒に外へと出される。
「メェ~~~」──気の抜ける鳴き声。
そこでようやく気が付く。
自分が騎乗しているのが[水霊馬]ではない事に。
上半身が山羊、下半身が魚。
奇怪な融合生物──[山羊魚]。
[水霊馬]のような神聖さも、凛々しさもない、おとぼけな魔法生物だ。
尾ひれを使えばいいのに、前足を必死に動かしている。
気を抜けば一緒に沈んでいくため、両足で[山羊魚]を掴んで俺も平泳ぎの要領で腕を回す。
リリーナとブラックは暴れる[水霊馬]に振り落とされないように魔法(と言っても水中では言葉を発するのは難しいため基礎魔法)を撃ち合って戦っている。
俺は溺れない為に必死である。
自分ひとりで泳いだ方が楽と言っても過言ではないかもしれない。
戦いに分があるのは、やはり水系統魔法のブラック。
──かに思えたがブラックが騎乗している[水霊馬]が岩に身体を打ち付け、見事に挟まった。
気絶したのか、振り落とされ徐々に沈んでいくブラック。
リリーナは[水霊馬]から飛び降り、沈んでいくブラックの手を取った。
水中から地上に行くため泳ぐ。
[山羊魚]が水草を食べ始めてしまったから、自力でリリーナを追う。
光が見えて、ようやく水中から出た。
「ぷはっ」──深く呼吸をする。
学校の敷地内の湖。
授業に使用するのかは不明だし、恐ろしく巨大である。
すぐに追わなければ捜索は困難だったかもしれない。
やはりこの魔法学校をひとつの国として認めても良い気がしてくる。
リリーナと協力して気絶したブラックを陸地に上げた。
「……ダリア」──ぽつりと呟く。
「『取るに足らない女』と言っていたくせに都合がいいな」
「目を覚ましてください、ブラック生徒会長。貴方には聞かなければならないことが山ほどあるのですから」
頬を数度叩く。──優しく、ではなく首に来そうなビンタ。
瞼がぴくぴくと動いて、それからゆっくりと開く。
「もう悪足搔きはなしだ」──聖剣はすでに取り上げてある。
「……私が一体何をしたと? 悪事に手を染めていた証拠があると言うなら」
「決まり文句は結構です」
「まず聞きたいのは、【黒玉】の製造工程だ。そしてお前だけで作っているのか、それとも製造者は別にいてお前に密売させている第三者がいるのか」
「はは、共犯者はおりません。私だけであります。製造方法をお教えしても再現は難しいでしょうが、[記憶果実]と品種改良した黒い花を調合することによって他人の記憶を見ることが出来ます」
「転生者の記憶を保存した方法は?」
「それは………………企業秘密です」
「動機」──「たまたま実験過程で出来てしまったので、大金になると思いました」
「被害者数」──「さあ? 相当の数売りましたし、ひとりの記憶を分けるとしても【黒玉】10個程度しか作れないのです。そんなに記憶を取り出したら植物状態は免れないのですけど」
よくもまあ、つらつらと供述出来るものである。
「お前はあの黒い花の名前を知っているか?」
「え?」
「お前が品種改良したあの花の名前だ」
「………………………………名前なんてありません。ただの、黒い花ですよ」
動揺した様に微笑む。
なにか大切なことを忘れている。
けれどどうしても思い出せないのか、泣きそうな顔になった。
「そうか。なら、もう十分だ。お前を魔法省に突き出すとしよう。手紙は送ってあるからすぐにでも来る。多くの記憶喪失被害者を出し、他人の記憶で商売していた犯人だからな。もう外の空気は吸えないと思っておけ」
「はい」
「ちょ、義弟君!? ダリアさんは。彼女の居場所を聞き出さなければ」
「婚約者の堕落を見かねて姿をくらましただけだろう。ほっとけばそのうち出てくるさ」
「……いや、しかし」
リリーナは納得していないが、これで事件はもう解決なのだ。
薬草研究中にたまたま記憶を保存することが出来る技術が出来上がった。
その技術を使いブラックは、仮面の人物としてこの学校の生徒達を対象に大金を稼ごうと思い立つ。
悪行に手を染めていく婚約者に嫌気が刺したダリア嬢は姿をくらませた。
それが事件の真相──……ということにしておこう。
──彼女は沢山、私の名前を呼ぶようになった。
「その名前嫌いなんです」と言うと彼女は決まって。
「作ってくれた、この花。【■■▪■■■■】っていってね。──これはふたりの花なんだよ」
なんて下手くそな笑顔を浮かべる。
そんな彼女がどうしようもなく、愛おしく思うのです。




