【髪】‐Hair‐
【幕間】数分前──……。
黒いキャンディ【黒玉】の売人であろう仮面の人物。
逃げ去る時、着用していたローブを奪うことは出来たが正体を確認することは出来なかった。
しかしローブに残った手がかりで正体を突きとめることは出来るのだ。
魔法省に提出された論文に『一本の髪の毛でその人物を特定する方法』。と言うものがある。
俺が魔法省の資料室に潜って読みふけっていたのは王位継承権を捨てる前だから、今ではもっと効率の良い魔法があるかもしれないが。
魔法省の重要な部屋に魔法完全無効の特性を持つ[魔封石龍]の化石が使われてから侵入困難になってしまった。
「この髪の毛が誰の物か分かれば、ダリアさんは見つかるのですね?」
「断言は出来ないが。この学校で行われている悪は裁ける」
論文の魔法を第二王子レオルドの婚約者リリーナに頼んだ。
土系統の魔力の方が相性が良いらしい。
ティファも同じ系統なのだが夜ふかししたようで寮の部屋で爆睡していた。
机の上に散らばっている薬草などを見たら理由は聞かずとも分かる。
仕方がないからそのままに。
魔法省の役人が来るまで【黒玉密売】に関わっていた令嬢ふたりを職員室に預ける。
大口であくびをしたノラも部屋に置いてきた。
助手も弟子も睡魔には弱いようだ。
これでは数日がかりの張り込み捜査などは苦労するかもしれない。
『重要証拠を手に入れた』とリリーナを呼びつけると[聖職者]の完全装備状態(見た目は防御力の高そうなシスター服)でやってきた。
論文『一本の髪の毛でその人物を特定する方法』を説明し、ローブに付いていた髪の毛を渡す。
髪色で検討は付きそうなものだが、ただの希望的観測にすぎないため、確かめなければならない。
「我は暴く者。それは螺旋の痕跡。かの者の名を示せ。──【毛髪鑑定】」
魔力を流し込む。
数本の髪の毛は宙を舞い、異なる長さに切れて文字を作る。
このローブの持ち主、仮面の人物の正体。
【ブラック・フレイド】。
このドラゴネス魔法学校の生徒会長であり、行方不明の令嬢の婚約者。
【黒玉】と行方不明事件との繋がりは断定できないが、【転生者の記憶を追体験出来る黒いキャンディ】と転生者の象徴ともされる黒髪の令嬢。関係していると考えるのが妥当だろう。
海外ミステリーでは大抵『妻が被害者の場合、犯人は夫』というのが定番である。
まるで決まり文句のよう。
「……話を聞かなければなりませんね」──第一容疑者を聞いた際にブラックを候補に挙げていた。
「ああ。乗り込もうじゃないか。捜索を拒否し続けられた奴の部屋に」
ここの校長は魔法で生徒数を管理している。
姿をくらませられでもしたらと懸念したが、ありがたいことにまだ学園内にいるとのこと。
正体がバレていないと腹をくくっているのなら、日常的な行動に勤しむ。
「もしダリアさんの誘拐もブラック生徒会長によるものなら、動機はどういったものなのでしょうか?」
「独占欲。すれ違い。痴情のもつれなどだろうな」
「それは考えられません」
「何故だ?」
「ふたりは相思相愛でしたから。お互いに深い愛情を持っていました。とても羨ましいほど」
「『ふたりは』なんて随分と含んだ言い方だな」
「え? あ。いや、違います。『レオルド様にずっと片想いしている私と大違いで……』なんて気持ちを含ませたつもりはありませんので。愛とは与えるものです。求めるものではないと理解していますとも」
「片想いとは限らんだろ」
こちらも意味深に言ってみる。
しかし即座に──「片想いですよ」──と否定されてしまった。
レオルドは他人に興味がないと言うか、戦略の駒程度にしか思っていない。
婚約者の不祥事をもみ消すために俺に依頼しに来たかとも考えたが──奴が用意した資料を読んで考えが変わった。
全容疑者の引くほどの個人情報。
しかしリリーナの資料だけ『教えてやるものか』と言わんばかりに必要最低限の情報しか書かれていなかった。
なのに他の容疑者達よりも用紙を使用。
『僕のリリィ──【塗りつぶされて読めない文字】──リリーナ・ヴィクトリアがいかに潔白であるかの証明』という名目の惚気が長々と綴られていたのである。
家族の色恋に全く興味を示してこなかった俺でも思い知らされた。
あの腹黒メガネの兄は情けないほどに婚約者を愛している。
当のリリーナはまったく気が付いていないようだが。
『事件が治まったら婚約破棄』なんてさぞかし青ざめたことだろう。
「義弟君。ずっと気になっていたのですけれど、そちらの方は?」
縄に縛られ、飼い犬のリードのように行動を制限されている【リヴァイアサン寮生】。
「【黒玉密売】に関わっていた令嬢ふたりに買い手の情報を聞き出した。こいつもそのひとりだ」
「……それで?」──説明足らずだったようできょとんとされた。
「俺には魔力がない。【リヴァイアサン寮】の扉を開けることが出来ないからな」
「魔力がない? ……なるほど。潜入中ですものね。身分を隠すための〝設定〟ですか」──恥ずかしいから設定とか言うな。
『でも一昨日と早朝、常識外れの魔力を感じましたが』と囁かれた。
【ウロボロス寮との魔法戦】【妹イルミアとの戯れ】。
あれ等は【探偵美学】と関係がないから、ノーカンで。
「それと、こいつにはブラックをおびき寄せる罠になってもらう。部屋を訪ねても入れてもらえないか、適当に誤魔化されるだけだからな」
「倫理的にどうなんでしょう」
「法的機関には出来ない捜査だが、アングラな[探偵]には関係ない。真実を解き明かせれば、全ての行いが正義だ」
ドヤ顔で決める。
しかしリリーナに──「かっこいいですねぇ」──と頭を撫でられてしまった。




