【妹】‐Sister‐
「アルバートお兄様に会うのが楽しみだわ。……家族ってどんな感じかしら」──そう言って笑うイルミアを見て、『ただの兄』になるのも悪くないと思ってしまう。
その夜、俺は王位継承権を捨て。
自分の正体も告げないまま城を出た。
──……あれから2年が経つ。
さほど歳月を感じないが幼さが少しなくなったイルミアを見るに短くはなかったのかもしれない。
少し大人びてはいたものの、ここまで生意気そうでもなかったし林の中を必死に走っている人物に[神聖巨龍]を突進させるような娘ではなかったはずだ。
俺が不在だったせいかもしれないが、他に兄姉が3人いることを考えるに俺だけの責任ではないと思いたい。
「お前のせいで重要参考人を取り逃がしてしまった」
「知らんし」
「どうしてここにいる?」
「『真夜中の散歩』って言ったの聞こえなかったわけ」
「真夜中、少女がひとりで林の中とは危険だと思うのだが」
「この国の第二王女イルミア・メティシア・ドラゴネスに向かって『少女』とは本当に命が惜しくないのね。そもそも私を襲おうとする奴がいるなら会ってみたいくらいだし」
取り巻き令嬢達と謎の仮面の人物が密会している林でたまたまイルミアが散歩をしていた。
可能性があるものは以下の4つ。
①その証言が真実で、ここを散歩するのが日課だから。
②自分の取り巻きが深夜に林の中に入っていくのを目撃した為、追った。
③イルミアも【黒いキャンディ】に関わっており取り巻き(使用者)または仮面の男の仲間。
④そもそもイルミアが仮面の人物を操る黒幕。
「お前は他人の記憶を覗けるとしたらどんな対価を払う?」
「……またわけのわからないことを。他人の記憶になんて全然興味ないし。無礼な貴方は知らないと思うけど私これでも王女だし。とっても偉いわけ。それはもう裕福だし、煌びやかな暮らしをさせてもらっている。しかも末っ子だから自由に生きてもさほど文句は言われない」
だから他人の記憶を覗く必要なんてない。
誰よりも恵まれているのだから。
──そう言うイルミアの瞳は退屈の色をしていた。
「なるほど。ならもうひとつ質問させてくれ。俺の事を忘れているのは何故だ?」
「は?」
確かにデバフ指輪を装備している時は髪色が違う。
だがその程度で忘れられるような無個性な顔でもない。
「短くはないがたった2年だ。記憶が薄れるには早すぎる。考えられるとしたら──【記憶干渉魔法】をかけられている。しかしいつ、誰にだ? 俺はお前に加護を与えた。悪意のあるものに傷付けられないように……」
「わっかんないし! ずっと貴方が言ってることなにひとつ。そんな生意気な顔を昔にも見ているのなら今と同じように気に入らない、忘れるわけがないじゃない」
「ある程度、記憶を奪われても警戒しない相手。だったら加護の発動が遅れても仕方がない。……お前の友人にはろくなのがいないな。あれほど『人を見る力を養え』と言ったじゃないか」
動揺したように固まった。
この魔法学校に来て初めてイルミアの心が動いたような気がする。
一歩後ろに進む。
「──……ち、違う。彼なわけない」
動揺が収まると呼吸を整えた。
一瞬冷静を取り戻したようにも思えたが、怒りがふつふつと沸き立つようにそれは殺意に変わった。
「我は龍の女王。光に属する聖なる巨龍を使わし、悪を滅する。──【召喚:[神聖巨龍]】!」
空に魔法陣が出現する。
「【増援】」──「【増援】」──「【増援】」──「【増援】」──「【増援】」──「【増援】」──「【増援】」──「【増援】」──「【増援】」──「【増援】」──「【増援】」──「【増援】」──……。
息継ぎも忘れて詠唱する。
林全体を覆う無数の魔法陣。
深夜だというのに昼間だと錯覚する。まるで太陽が目の前にあるほどに眩い。
[神聖巨龍]が次々に現れる。
「そういえばレオルドお兄様の口添えで転入してきたんだっけ? 私を怒らせた時の対処法でも聞いたんだろうけどそれ、逆効果だし」
拳を握りしめ、こちらを睨みつける。
会話をしていただけなのにどうしてここまで恨みを買っているのか。
というか兄レオルドの存在が話をややこしくする。
どうせ奴の策略なのだろうと勘違いされているではないか。
「もういいわ。消えて。この学校にいられなくなるくらいのトラウマを植え付けてあげる」
「それは楽しみだな」──まず視界を埋め尽くすほどの[龍]に囲まれていたら、普通の神経を持っているのなら発狂する場面だろう。
「この子達を【魔法戦】の時に使ってた最弱個体と一緒だと思わないことね。全てが最高品質。歴代最強の魔王と魔王軍を連れてきても数体倒すのがやっとなんじゃない?」
謝るのなら今の内だ。と言いたげに意地の悪い微笑みを見せる。
確かに周りを見渡してみても逃げる隙間すらない。
俺は足元に落ちている拳ひとつ分の石を拾い上げた。
「これは[探偵]の放棄ではない。放棄してきた責務の清算だ」──石をイルミアに向けて投げつける。
──けれど石はイルミアの目の前で止まる。
数秒空中に留まり、重力を思い出したかのように地面に落ちた。
「ほんとに理解力のない男。私には【傷付けようとする者を捕縛する魔法】の加護が付いてるわけ。──誰も私に逆らえない」
『──【探偵を亡き者にした不条理に裁きの鎖を】──』
異次元から無数の鎖が出現。
「ならばその加護、解くまでだ」──右手人差し指の指輪を外す。
手を前に突き出すと異次元から出現した鎖が魔力の煌めきに変わり手の中に吸収されていく。
金髪だった髪色は黒色へと徐々に変化する。
目を丸めるイルミア。
しかしながら頭の回転は速いようで俺の正体に気付く。
黒髪。膨大な魔力量。兄が残した加護を解いた。
第二王女を恐れない物言い。
「アルバート・メティシア・ドラゴネス──……」
そして妹は恨み節のように兄の名を呼んだ。




