【仮面】‐Mask‐
息を殺して木々と同化する。
口を抑えていたノラは【動物変身(黒猫に変身)】で逃げるが状況を把握したようで同じく木の陰に隠れた。
ドラゴネス王国第二王女イルミアの取り巻き令嬢ふたりと、仮面を着けた人物。
大きめのローブのせいで性別の判断も難しい。
「転入生を始末……確かアルバさんだったでしょうか。彼が【黒玉】の事を探っているのです」
「あの目、あれは私達が使用していると知っている目でしたわ」
「そもそも貴女が【魔法戦】の時にあの[女盗賊]に盗まれるからではありませんか」
「──……まさか盗まれるとは思いもいたしませんでした。見た目はただのキャンディでしょう?」
令嬢達の仲が不安定だ。
ヘマをした方と、尻拭いの手伝いをさせられている方。
仮面の人物はふたりをじっと見つめるだけ。
「だとしてもあれは【転生者の記憶を保存しているキャンディ】です。どう生産しているかは知りませんけど……」──ひとりの令嬢がなにか思い立ったのか仮面の人物に視線を向ける。──「150万ドラネスなんて大金で取引しているのですからさぞかし危ない生産方法なんでしょうね。……そういえば、貧困街に白髪の若者達が気力なく徘徊しているなんてお噂を耳にしました。──転生者を捕まえて記憶を奪い植物のような状態まで追い込み、野に離す。そんなところでしょうか」
『転生者の』と言質を取った。
しかし150万ドラネスとは聞き捨てならない。
キャンディひとつが日本円で約1200万。
俺のしたひと舐めでいくらの計算になる。
「魔法省がもし捜査に来ても私達は『なにも知らなかった』と白を切るだけで良い。けれど貴方は違う。逃げられませんよ? 推し曰く『思い出がない人間は死人と同じだ』。つまり貴方は大量殺人鬼──ひぃ!?」
令嬢の脅迫の途中で剣が振り下ろされた。
使用しているのは【魔法戦】で貸出可能の学校の備品である長剣。
備品であるから殺傷能力はかなり抑えられているはずなのだが、後ろの木を数本切り倒す威力の斬撃を放つ。
尻餅を着いて固まる令嬢達。
仮面の人物は再び剣を構える。
息ひとつ荒げず、当然の行いのように、令嬢の頭上に剣を振り上げ──……。
「ノラ。悪いな」
「にゃ?」
黒猫化しているノラの背中を掴み仮面の人物に向かって──投げる。
猫語なのに『この人でなし!』と叫んでいる気がする悲鳴がその場に響き渡った。
剣が令嬢に振り下ろされる寸前、【動物変身】を解き人間の姿になったノラが両手のナイフでそれを受け止める。
幼女には普通そんな芸当出来ないが[亜人種]の種族特有の【肉体能力向上】がそれを可能にした。
「観念するの。駄菓子売りの黒幕さん」
「──……っ!?」
ノラの姿を見て仮面の人物はひるむ。
突如として現れた人物に驚いたと言うよりはその容姿を見て動揺しているように感じる。
[猫亜人]の耳や尻尾にか、魔法学校の規定ではない年齢にか、──この世界では珍しい黒髪にか。
ひるんでいるうちにノラは剣を押し流し、鳩尾めがけて全力の蹴りをお見舞いする。
仮面の人物は後方に吹き飛ばされた。
「誰だか知りませんが助かりましたわ! 私達はただ襲われていただけなので失礼いた──」
令嬢ふたりが急いでその場を立ち去ろうと走り出す。
「ふぎゃっ!?」──しかしノラの魔法によって下半身が影に沈んで拘束された。
「話は聞いてたの。『転生者』だの『記憶を保存』だのよく分からなかったけど、生産過程で苦しんでいる人がいると知りながら【黒玉】という危険物を使用していた。お姉さん達もれっきとした共犯者なの」
「ああ、その通りだ」──しれっと隣に立つ。
「……アルバ。ノラを投げたこと末代まで祟ってやるの」
睨まれた。
好感度パラメータが目に見えて減っている。
「ちゃんと謝ったろ。今度30ドラネスまでなら好きな物買ってやるから」
「そんなはした金で釣れると思ったら大間違いなの!」
怒れる幼女はほっといて仮面の人物に視線を向ける。
蹴りのダメージはほとんどないようだが両手で頭を抑えてうなだれていた。
慎重に隠悪していたのに姿を見られたことを焦っているのか。
………………いや、頭痛か。
分が悪いと思ったのか走って逃げ出す仮面の人物。
それを追う。
「ノラは令嬢達を見ておいてくれ」
「分かった! 絶対にアイツを捕まえて。じゃなきゃ捜査は振り出しなの」
言われなくとも逃がすつもりはない。
ようやく黒幕の正体に辿り着けそうなのだから。
「……だが昨日の【魔法戦】の疲れが抜けていない」──魔法学校にやってきてから走ってばかりだ。
しかも今回は林と呼ばれているもののほとんど森。
整地もされていない為、障害物ばかり。
巨大な木の根を飛び越えたり、枝を避ける。
運動神経にはあまり自信がないが、頭痛を起こしてよろよろと走る奴よりは早い。
手を伸ばせば届く距離まで追いついた。
右手がローブを掴んだ瞬間──吹き飛ばされる。
横から現れた何者かに突進されて。
「くっ」──ついでに吹き飛ばされた先で木にぶつかり追加ダメージを食らう。
「あら。真夜中の散歩に来たら目障りな虫がいたものだから、無意識に潰しちゃった」──生意気そうな声。
俺に突進してきたのは[龍]、正しくは[神聖巨龍]。
声の主は推理するまでもなく解りきっている。
「──イルミア」
「だから呼び捨てすんなし」
……あと少しの所で。
仮面の人物はすでに見失ってしまった。
不幸中の幸いか、ローブを奪うことは出来ている。
すぐにでもローブを調べたいが、まずはこの妹王女をなんとかしないといけないだろう。
兄の責務を放棄してきたツケがここで回ってきたようだ。




