【証言(2)】‐Testimony(2)‐
【魔法薬学】の授業は生徒達そっちのけでティファと教師ムラサメによる討論──『[記憶果実]を研究したら記憶医療はもっと発展するのでは?』──に変わっていた。
肯定派──ティファ。
否定派──ムラサメ。
ティファの言い分ではトラウマの記憶を消せるのであれば他の記憶にも干渉出来るのではないかというもの。
ムラサメの反論は記憶を消すことは可能であっても、消えた記憶を取り戻す薬にはなりえない。
どのような効果を得られるのかを調べるんじゃない。どのようにして記憶にアプローチするのか調べるんだ。
可能性は否定せん。……が実用化するまでに幾人の植物人間を作るか。
授業まるまる使って彼らが出した答えは──【後に記憶を選んで消せる薬が作られるだろうが、消えた記憶は本人への刺激が重要になるため患者ひとりひとり治療法は異なる】──。
授業終了のチャイムが鳴る頃には生徒全員がうなだれていた。
ふたりの討論で『記憶とはなにか』『脳の作り』『記憶を刺激する可能性のある薬草の一覧』それらを教える気など全くない速度で叩き込まれたのだから。
立ちくらみでもしてるのかと思ってしまうような歩き方で教室から出て行く生徒達を見送り、教卓の前に立つ。
この教師ムラサメ・ミナヅキは【リヴァイアサン寮】の寮長。事件の情報をなにかしら聞けるはずだ。
「ダリア嬢の事を聞きたい」
しかしムラサメは目の前に立つ俺に目も合わせず。
「[半妖精]。久しぶりに有意義な授業だった。感謝しておこう」
「えっと、ありがとう。ボクも楽しかったよ」
「木偶の坊の使用人にしておくのがもったいない。金が必要であるならば信用出来る薬師に頼んで住み込みで働くことも出来るが?」
「……いやぁ、大丈夫かな」
「自分よりも知識の劣る者にこき使われるなど耐えられぬだろう」
「──……あはは……」
俺はいない者扱いされている。
本人の前で侮辱とは教師以前に大人としてどうなのだろうか。
それとティファ、説明がめんどくさいからって苦笑いでその場をしのごうとするな。
なにか弁明しろ。このままでは俺は奴隷[半妖精]を侍らす生意気貴族だ。
助けを求める顔をされたが相手はティファの言葉にしか反応しない。
仕方がないからティファの後ろに回り、耳元で囁き指示を出すことにする。
くすぐったいのか長い耳がぴくぴくした。
「くぅ……だ、ダリアさんの情報を聞きたいんだけど」
「ダリア・ロングスターか。彼女の行方不明は寮監としての落ち度だ。なんとしても見つけ出す。関わった生徒はキツイ罰を用意しなくてはなるまい」
「犯人は生徒だと思ってるってこと? 侵入者とかの可能性」
「魔法学校がどんな場所か知らんのか。どうやら随分と田舎で育ったのだな。教師はおろか警備も一流をそろえている。協力者でもいない限り侵入は出来ぬ」
「彼女自身の意思で姿を消した可能性は?」
「元々目立つ生徒ではなかった。授業に出席していたか忘れることがあったぐらいだ。平民上がりの生徒であったから浮いていただろうが、婚約者がブラックならば心を病むこともなかろう。吾輩が知る限り姿を消す必要がない」
ブラックを認めている口ぶり。
単純に彼が生徒会長だからか、ティファと同じように薬学または薬草学に詳しいのか。
「彼を随分信用してるね」──代弁してくれた。
「研究熱心な生徒であるからな。1階に植えてある薬草も手入れしてくれている」
「……黒い花」
「ああ、あれか。色だけで言えば[悪精霊花]にも似ているが花の品種が全く違う。ブラックはこの世界には存在しない花を生み出したのだよ」
真っ黒というには赤みがかった綺麗な花。
確かにこの世界には存在しない花だった。──しかし俺はあの花の名前を知っている。
「本人から花の名前は聞いてる?」
「聞いていないし、どんな理由で作ったのかも知らん」
「じゃあ、ブラック生徒会長は『研究熱心』って言っていたけど特に興味を示していたものとか」
「まさに今日の議題のこれである」
[記憶果実]。
果実の種を服用することによってその人物が一番恐れている記憶を消すことが出来る。
「実を言うと似たような討論を以前もやっているのだ。まあ討論と言うには相手の方に薬草学の知識がほとんどなかったから吾輩の完全勝利であったが、記憶への理解で言えばかなり優秀だった」
「その相手が……ブラック生徒会長」
ティファの疑いが確信に変わったのか強い眼差しをこちらに向けてくる。
「もし仮に記憶を完全に理解した場合、他人の記憶を奪い。その記憶を食料に保存することは可能か? 例えばキャンディなどに」
我慢できず俺から質問する。
また無視されるかとも思ったがムラサメ自身面倒になったようで、ようやくこちらを見た。
「なぜ食料に記憶を保存する必要がある?」
「仮の話だ」
「馬鹿馬鹿しい。貴重道具でも魔法薬草でもそんな芸当出来るわけがない。間違いなくそれは洗練された魔法によるものだ」──とても不快そうな顔。そりゃあ、先祖代々の因縁があるのだから当然か。
点が繋がり線になっていく。あと少しだ。
ブラックの不可解な行動も仮定が正しければ説明が付く。
そして確信したことがひとつ──この事件にはある種族が鳴りを潜めている。




