【依頼】‐Quest‐
──さて、まずは今回受けた依頼の説明が必要だろう。
ダンジョンが発生する孤島【ミノタウロスの迷宮】と言えば5カ月程前に起こった悲劇が多くの者の記憶に残っていることだろう。
情報を商品としている組合が発行している新聞には【[魔法使い]が消えたダンジョン】というタイトルが付けられた。
『消えた』という表記がやけに気になるが、目撃者証言ではないらしい。
どうやらタイトルが意味するのは【教会に衣服、装備していた魔法の杖を含む所持品だけが転移してきた】ということ。
「ええっと、つまり?」
「説明をせかすなティファ。順を追ってだ」
[地下迷宮]は名称の通り地下に出来た何階層もある迷路、モンスターや宝箱が設置されており冒険者たちの職場のような場所だ。
モンスターを倒してもゲームのようにアイテムドロップなどはないが、食料品とする場合があるとのこと。
そしてどういうわけだか、[地下迷宮]では冒険者有利な設定がいくつもされている。
『女神様の恩恵である』なんて唱えている[聖職者]がいるが真偽は定かではない。
1.地下迷宮のモンスターは野生のモンスターと比べやや知性が乏しい。設置場所の約半径20メートルしか行動せず、地下迷宮から出た記録は一度もない。
2.モンスターが倒されても時間が経過すると再びモンスターが配置される。
3.宝箱の中身は難易度が上がるほどレア度が高い。※宝箱に擬態したモンスターも存在するため注意を。
4.階層によってはボスモンスターがおり、その前の階層では回復薬が入っている宝箱または[やすらぎの泉]が必ず配置されている。
5.地下迷宮攻略すると【転移魔法】により入り口に転移される。
6.冒険者が瀕死状態に陥った場合でも【転移魔法】が発動され、最も近い教会へと転移される。
(冒険基礎学『グレガリオの研究』より『地下迷宮が女神様の恩恵と言われる6つの事象』)
【6】で述べられているように冒険者は絶命する前に教会へ転移するのだ。
「なんで衣服や所持品だけが転移してきたのかな?」
「知らん。それを調べるのが今回の依頼だ」
「でも地下迷宮内で【転移魔法】は発動したってことだよね?瀕死状態になってたわけだから……つまり」
「絶命しているだろうな。そう思って依頼人も【地下迷宮で亡くなった父】と書いたはずだ」
「……辛いだろうね」──スカートの先を握った。依頼者を想ってのことだろう。
「忘れてしまえば良いのにな。依頼人に『父親はお前を捨てて遠くへ逃げた。今頃顔も知らない女とよろしくやっている』と言ってやったほうが親切かもしれない」
「アルバ。キミって、そういう人なのかな?」──睨まれた。と言っても小動物のような威嚇だが。
「まさか。どんなに残酷な真相でも解き明かして、皆に事件の経緯を鼻高々に語りたい人間だ」
「そっちもなんかイヤだよっ!」
嫌──と言われてもそれが[探偵]のお仕事なんだが。慣れてもらわんと困る。
口をリスみたく膨らませているティファをほっといて目的である店のドアノブを引く。
船場と地下迷宮発生領域の間には【地下迷宮街】と呼ばれる市場があり、そこで一番安く飲食が出来る『トヨウケの里』。ここが依頼を受ける冒険者の集合地点。
依頼締め切りが今日までで、集合時間まで時間がなかったからこれでも急いで来たつもりだ。
木材で作られた質素な店。
そこで飲食をしている冒険者も装備品は安物ばかりでランク1程度の者しかいない。
「お姉ちゃん、【記録石】買ってかない?」
それと物乞いしている子供。
この店のか、それとも飲食している冒険者の息子か。
子供はティファに薄緑色の石を見せる。
「この石は?」
「これはね所有者が魔力を注ぐとその場の映像と音声が記録出来るんだ」──要はムービーカメラである。
「それを見るにはどうしたらいいの?」
「他の人が魔力を注げば見られるよ。でも記録も再生も一度きりしか出来ないから気をつけて。お姉ちゃん可愛いからひとつオマケしてあげるよ!」──性能はだいぶ残念な。
「わぁ!ほんとに?ありがとう。じゃあ買っちゃおうかな」
子供といえど口の上手いセールスマンである。
そしてなによりちょろすぎるぞティファ。
[貧乏半妖精]で冒険者パーティーを追放されたばかりだというのに財布の紐を緩めるとは。
「使い時あるのか?」
「わかんない。でもあの子が嬉しそうだったから満足」
あ──……コイツダメかもしれない。
子供が店の亭主に「いいカモが来た!料理の代金も値上げしてやろうぜ!(読唇)」と言っているとも知らず満面の笑みである。
あの感じを見るに来た客全員に押し売りしているな。
その使いどころがよく分からない魔法道具【記録石】だって市場に行けばもっと安く買えるはずだ。廃棄品って可能性だってある。
「依頼を受けに来た。依頼人はどこにいる!」
その場の全員に聞こえるように出来るだけ大声を出す。
飲食している冒険者は微動だにせず、店の亭主も気にする素振りも見せず料理を作っている。
「あ、こっちなの!」
手を挙げたのは服の袖を伸ばしてブンブンと振り回す幼女。
この国では珍しい黒い長髪、ウェーブがかかりくるんくるんしている。
背丈を見るに11──10歳。
「依頼人のノラ! よろしくお願いします。それでこちらが一緒に地下迷宮を潜ってくれるメンバーなの」
ノラは深々と頭を下げてから横に座っている面々に視線を向ける。
「ガノールフだ。よろしく頼む」
立派な髭と高価なローブ、これぞ[魔法使い]な老人。見覚えがある。
「俺はレリッ──なっ⁉︎お、お前ら‼︎」
冒険者ギルドで問題を起こしたレリック。そして取り巻き[魔法使い]3人娘まで。
俺たちより早く着いていたのは3人の中に【転移魔法】を使える者がいたのだろう。
そして後ろから「ひゅっ」とティファの魂が抜ける声がした。