【義姉】‐sister-in-law‐
あの忌まわしき黒いキャンディを口にして一日が経つ。
ティファと同じベッドに寝てしまうと取り返しのつかない事態になりかねない為、昨日は部屋の隅で毛布に包まって眠った。
だから引き続き身体が痛い。
うっとうしい心の声は小さくなったものの思考の組み立てが難しい。
無駄な知識が多すぎる。
崇高な記憶の城を薔薇色のペンキで汚されたような気分だ。
キャンディに関しては今だ未確定。
──被害者・使用者の人数。
──誰がどういった意図で作り出したのか。
──〝転生者〟の記憶が保存されているキャンディは俺が誤飲したものだけなのか。
──そして行方不明のダリア嬢とは関係があるのか。
手がかりがあるとするなら転入初日にキャンディ使用を目撃した【ウロボロス寮】でイルミアがある程度の信頼を寄せていそうな令嬢と、盗品だと俺に黒いキャンディをよこした[女盗賊]ルパナ。
確実な情報を持っているのは前者だろう。
それにルパナの所在は【リヴァイアサン寮】でも誰も知らなかった。部屋を訪ねたが留守。
だから中庭テラスで優雅に昼食をとっていたイルミアを取り調べることにした。
結果から言うと全く相手にされなかった。
「ねえアルバ。自分がイルミアちゃんの『実の兄だ』って言えば話が早いんじゃないかな? よく分からない人によく分からない質問されたってきょとんだよ。それに机を蹴り上げたのはやりすぎだと思う。料理が服にかかって可哀想」
現在学校の食堂(というにはあまりにも貴族的だが)で昼食。
イルミアの豪華な食事には劣るが素朴なサンドウィッチも結構うまい。
ティファには安全の為に距離を取ってもらうことにした。
はたから見たらまさに主人と使用人の距離感。
「はん、『どうも、お前を捨てたお兄ちゃんです』とでも言うのか? 情報を聞き出すために相手を怒らせるようなことをよく言うが、別に敵を増やしたいわけじゃない。潜入しているのにイルミアに目を付けられたら面倒だ」
「もう遅い気がする……それに恨まれるとは限らないんじゃない? もしかしたら感動の再会──」
「ありえない」──「うん。ないね」
アルバに似てるなら……。そんな心の声が聞こえた。
感動の再会になる要素が見当たらない。
成人式前の屋敷で何度か会いに行ったことがあるが、奴にはどうでもいい記憶だったようで完全に忘れている。
「それにキャンディを見せた時、イルミアの傍にいた令嬢ふたりの反応を見ただろ。ひとりは顔を青ざめ、もうひとりは青ざめた令嬢を睨みつけた。ふたりともこの存在を知っている」──普通に考えたらイルミアも一枚噛んでいてもおかしくない。──「実の妹だろうと容疑者だ」
「……疑うことが[探偵]のお仕事」
「流石は[探偵助手]。分かっているじゃないか。あと勘違いしてもらっては困るが、机を蹴り上げたのは俺の影と令嬢の影を──っ!?」
背中から悪寒がしたからサンドウィッチを持って横に重心を傾ける。
抱擁しようとした両手が勢いよくからぶった。
抱擁未遂犯の顔を確認する。
おっとりとした顔、緑色の長い髪と瞳、身長はそれほどないがたわわな胸のおかげか存在感がある。
胸には【セイリュウ寮】のエンブレム。
「久しぶりですね、私の可愛い義弟君」
兄の婚約者【リリーナ・ヴィクトリア】。
現在『ダリア嬢の行方不明の原因を作った張本人』と号外を出されている人物である。
「相変わらず気が早い」
「まあ。婚約破棄確定なんですけどね。ダリアさんが見つかってレオルド様に迷惑にならない状態になったら責任を持って婚約破棄をすると約束しましたので」
「王位継承権にこだわるレオルドよりもいい男なんていくらでもいる。逆に救われたと思えば……」──リリーナの顔が暗い。昔と変わらずレオルド大好き娘か。
ならば植物属性の[聖職者]なのに【セイリュウ寮】に在籍しているわけが分かった。
植物属性は土系統の魔法。
なのに風系統の【セイリュウ寮】に在籍しているのは、レオルドがそうだったからなのだろう。
「それよりお義姉ちゃんに言うべきことがあるんじゃないですか?」
なんのことだかさっぱりだから首を傾げる。
「『黙っていなくなってごめんなさい』に決まっているでしょう! とても心配していたんですよ」
顔をペタペタと触られ──「ケガはありませんでしたか?」「食べ物には?」「悪い人に会ったり」──返答を待たずに質問漬け。
あまりの勢いにティファは会話に入るタイミングを見失い、困り顔でこちらをうかがっている。
食堂にいる生徒達も状況が理解出来ずざわざわしていた。
そりゃ第二王子の婚約者がまだよく分からない転入生と親密にしているのだからこんな反応にもなるだろう。
「貴女が来てくれて、とても安心しています。レオルド様には強がってみせましたが、私ひとりの力では限界でしたから。ダリアさん──親友を必ず見つけ出してください」
頬に両手を添えられている。ほのかに熱が伝わった。
寝る間を惜しんでダリア嬢を探していたのか目の下にくま。唇の荒れ。
以前よりも胸は大きくなっているが(揺れるたび視線が行くが下心はない)、急激に痩せたのか頬がこけている。
「必死なのは伝わった。しかし食べないと問題も解決しないぞ」
「義弟君の顔を見たら元気出ました。今日こそ食料が喉に通りそうです。食べ終わって元気になったら一緒に──……とはいきませんね。レオルド様が貴方をここに送り出したということは私に事件の解決能力がないと判断したか、容疑者のひとりと思っているか」
悲しそうな笑顔を見せた。
醜聞だろうと『リリーナがダリア嬢をいじめていた』という証言が出ている以上、彼女も容疑者のひとり。
つまりは実の妹と義理の姉を容疑者に含む誘拐事件。
………………やりづらい。
ティファ(……た、たわわっ!)




