【黒飴】‐Black Candy‐
ドラゴネス魔法学校、潜入初日の授業は散々だった。
【リヴァイアサン寮対ウロボロス寮の魔法戦】は俺達の【攻撃】が全員退場したことにより継続不可とし、敗北した。
【大将】をしていたブラックがかなり粘ってくれていたが、俺がイルミアに敗北したせいでその努力も無駄になってしまった。
しかし【魔力なし(ズルは少しあった気がするが)】が敵大将エリアまで辿り着けたのは正直快挙だ。
俺やテレムに勝利を託して散っていったモブ達(資料を読んだから名前を知っているが面倒だからモブ呼びとする)に感謝するべきだろう。
【魔法戦】が終わり退屈な魔法科授業の数々を受けてもう精神はギリギリである。
【リヴァイアサン寮】の自室221号室の扉を開ける。
「おかえりなの!」
「おかえり。アルバ──てっ、え!?」──ティファとノラの顔を見たら力が抜けて倒れそうになった。
身体を前方に傾けるダンスパフォーマンス『ゼロ・グラヴィティ』状態の俺を支えるふたり。
ティファの髪からいい香りがした。──寮の奥にシャワー室があったからそこを利用したのだろうか。……しかし貴族家系の生徒が多い学校にしては安い香り。
使用人専用のシャワー室があるのかもしれない。
「頑張ったんだね。ゆっくり休んで」
「ベッドまで運んでくれ」
「なんで部屋まで歩いてきたのに急に動けなくなるの!」──「お前達の顔を見たら脱力した。責任を取れ」──「それが人に物を頼む態度なの?」
「ボクとノラちゃんの顔を見て安心したんだよ。それってとっても嬉しいことだと思うよ? 全員を疑って疲れちゃったアルバの唯一の休息場みたいになれてるってことなんだから」
「……いや。そういう、恥ずかしいものでは」
「ふむふむ。つまり今アルバは甘えん坊モード。ちょっとでも優しくしたら惚れてくる危ない状況なの」
「誰がお前みたいなちんちくりんに惚れる──かっ」
足を持っていたノラがベッドに向かって俺を投げる。
腰を変な方向に曲げたが無事に着地した。
目を閉じたらすぐにでも眠ってしまいそうだ。
「初日だけどなにか情報は手に入れた?」
「いや。失踪より誘拐の可能性が高いってくらいだ」
「誘拐となるとかなり厄介なの。パパが言うには誘拐事件には無事解決出来るタイムリミットがあって、4日くらい」──流石はノラ。父親が[探偵]だったから理解が早い。
「犯人と交渉出来る目安だな。だがダリア嬢の行方不明が誘拐事件であるならばその期限はすでに過ぎているし身代金要求などの声明がない点を考えると目的はダリア嬢本人なのだろう。恋心が暴走し監禁したか、怪しい取引現場の目撃者になったか」
「だとしたらやっぱり犯人はブラック生徒会長じゃないかな」
ティファとノラが俺を挟むようにベッドに腰掛けた。
「ほう。確信があるようだな。俺が出かけている最中に情報収集でもしたのか?」
「えへへ、実は使用人の皆さんと仲良くなってね」──「使用人がブラックを怪しんでいた?」──「うん。噂になってるみたいだよ。昨日の感じだと全然そうは見えなかったけどブラック生徒会長はダリアちゃんのことをすごく大事に想ってたみたいでさ、だけど行方不明の日から急に人が変わって興味をなくしたって」
「……殺害……という可能性も考えられるが、ダリア嬢を監禁していることを悟られないためか?」
「ボクはそう考えてる」
「でも態度が急変するなんて逆に怪しい。怪しまれないようにするならいつも通りにしておくのが一番なの。例えば犯人は自分だけど行方不明届けを出すとか」
ノラの言う通りだ。
どこをとっても一流なブラックならば誘拐犯だろうと完璧にこなす。
それこそミステリー小説に登場する黒幕のような立ち振る舞いで。
「ダリアちゃんを監禁したことによって興味を失ったとか? ボクも図鑑に載ってるレア薬草がずっと欲しかったんだけどいざ見つけてみると既存の薬草よりちょっと上質なだけで急に興味がなくなったことあったし。自分の物になった途端ってやつ」
「コレクターあるあるだな」──または蛙化現象のような。
「そんな奴なら今すぐぶっ倒すべきなの。ねえアルバ、[探偵]なら『探偵美学』なんて意味の分からないこといってないで悪者退治するべきだと思う」
「父親にどんな説明されたか知らんが[探偵]は力ではなく知恵で悪党を滅するのだ」
「いつも最終的には指輪外してるくせに」
痛いところを突いてくる幼女。
仕方ないじゃないか、この世界には様式美というものがない『犯人はお前だ!』で終わってくれないのだから。
「それと胸ポケットのもこっはなに? なんだか甘い香りがするの」
胸ポケット……そういえばどこぞの悪女にお菓子を入れられた。
盗品らしいが、たかがお菓子だし返す相手を見つけるのも面倒だ。
ビスケットひとつ取りノラに渡す。
リスみたく食べはじめた。
こんなことで黙らせることが出来るなんてやはり子供だな。
「そういえばアルバ。……彼とは、どうなったの? 仲良くなってたりして」
「彼?」──「アルバを誘拐した」──「ああテレムか。まあなんとなくだが」
口を膨らませるティファ。
リスが2匹に増えた。
「ボク、彼はやめといたほうが良いと思います。親友はもっとキミの事を想ってくれる人が良いんじゃないかな!? 人じゃなくて[半妖精]でも良いけど」
「さっぱり分からん」
必死になって顔を近付けてくるものだから頬を掴んで静かにさせる。
それから口の中にグミを放り込む。
あまりに美味しかったのか幸せそうな顔。
ふたりを見ていたら俺も食べたくなったからキャンディを取り出して口に含んだ。
女子生徒が隠れて食べていた物と同じ──黒いキャンディ。
嗅覚や味覚は記憶を刺激するとよく言うが、これは確かに誰かの記憶の味がした。
名付けるのであれば──『乙女ゲー廃人の腐女子味』。




