【幕間】‐First Love‐
【空想の友達】。
孤独を埋めるために子供が作り出す幻影というものらしいが魔法学問書『愚者フランツヴェルンの主張』曰く【孤独の感情を食べてくれる妖精】らしい。……フランツヴェルンは虚言癖がある魔法学者として知られているから、まったく信憑性はないのだけれど。
かくいう私、ドラゴネス国第二王女イルミア・メティシア・ドラゴネスも過去に【空想の友達】がいたことがある。
彼の名前は■■■。
見た目は──……初恋の相手なわけだから超絶イケメンに違いない。
彼としたこと、彼が言ったこと、それらは鮮明に覚えているのに彼自身を忘れている。
まるでそこだけ盗み出されたように。
それが【孤独の感情を食べてくれる妖精】の特性なのかもしれない。
孤独の子供たちの前に現れ、遊び相手になる代わりに『孤独』という食料をもらう。
満腹になったら子供の前から消えて、追われないように自分の記憶を消していく。みたいな。
成人するまで監禁(という程ではないがあれは私にとって『監禁』だった)されていた屋敷には強力な魔法がかけられており入ることはおろか出ることも出来ない。
だから外の子供が迷い込んだというより、【空想の友達】というものがしっくりくるのだ。
「その誘拐事件の結末は? この容疑者は無実を主張しているけど、どう考えたって犯人よね」
「彼女はただの『燻製ニシンの虚偽』だ」──■■■はよく意味の分からないことを言っていた。──「真犯人は別にいる。まあ、俺の実体験だからミステリーとしてはルール違反な幕引きなんだが」
「もしかして彼女の友人である占い師?」
「ほう。そう思った理由は」──「彼女の部屋に本が沢山置かれていたようだけど『催眠魔法』に関連した本があったとか」──「『魔法』なんて夢を壊すもの俺の物語には登場しない」──「どうでもいいし、魔法を侮辱しないで。とっても神聖的なんだから。それで? あったのか、なかったのか」
「ああ、確かに『催眠術に関する本』はあった」
「その友人が催眠術を使って彼女を犯人に仕立て上げたとか?」
「よく分かったな」──「ずっる! そんなの駄作よ駄作!!」
「双子オチやタバコの銘柄で事件解決よりはマシだろ」
遊び相手。と言っても私は子供っぽい遊びは好きじゃなかった。
■■■が提供してくれるのは魔法を使用せず起こった殺人事件を[探偵]なる職業に私がなって解き明かす頭脳勝負。
この世界には存在しない[探偵]。
力ではなく頭脳で物事を解決する。
■■■が言うに『魔法は探偵美学に反するから使ってはいけない』とのこと。──この世界ではまったく役に立たない職業。
「宝石商の御曹司を誘拐したのは占い師本人だが、別の人物が占い師によって催眠をかけられており指定時刻に取引現場に現れた」
「そんな事件、真犯人を捕まえる術がないじゃない」
「だが彼女はただの受子だ。催眠術と言っても万能ではない。その人物が日常で行わないことは命令できない。だから実行犯は占い師自身でなくてはならない。証拠は必ずある」
魔法を使用せず起こった殺人事件。のはずだが催眠術は【催眠魔法】や【記憶操作魔法】によく似ている。
そこを指摘すると『現実味が違う』なんてまた意味の分からない返しをされた。
【催眠魔法】だって日常で行わないことは命令できないじゃないか。
【記憶操作魔法】は少し特殊で行動を指示したい場合、架空の日課を植え付けてしまえばいい。しかし記憶に違和感を覚えると頭痛がし、その記憶が虚偽だと気付くと魔法が解ける。
「それにしても容疑にかけられた彼女も可哀想ね。友人に裏切られるなんて」
「信用出来る友人なんてそう多くないさ。たかが他人、腹の内ではなにを考えているかなんて分からん。だから人を見る力を養えイルミア。燻製ニシンにならないためにもな」
「■■■って友達いないでしょ」
思った以上に刺さったのか無表情でそっぽ向かれた。
「大丈夫。私がいるし」──と言ってあげたかったけど恥ずかしさが勝ってやめる。
「明日。私の成人式が行われる。晴れて自由の身ってわけ。退屈な場所だけど■■■が来てくれるようになって少しは楽しかったし──……成人式に来てくれる?」
「行けたら行く」──その言葉に違うニュアンスが含まれている気がしたけど確かに『行く』と聞いた。
「やっと兄姉達に会えるの。特に最強の[魔法使い]アルバートお兄様に会うのが楽しみだわ。……家族ってどんな感じかしら」
柄にもなく興奮していると彼に頭を撫でられた。
顔に熱を帯びる。
「お前のことを大切に想っているはずさ」
優しい声色。
まるで恋人に囁くような。
え? もしかして彼も私のこと好きなのかな。
……両想いってやつでは???
明日の成人式を迎えてしまえばこの屋敷にはほとんど戻ってこない。
会う頻度もかなり減ってしまうのではないだろうか。
──気持ちを伝えるのは今日しかない気がした。
「イルミア様。明日のお召し物の件でご相談が」
口から心臓が飛び出しそうな瞬間、使用人が部屋の扉をノックする。
「……失礼します。あれ、声が聞こえた気がしましたが。おひとりですか?」
突然と消える。いつものことだ。
彼の姿を見たことがあるのはこの屋敷の中では私だけ。
使用人に話しても『この屋敷に子供が迷い込むのは不可能です』と言うばかり。
「ええ。ひとりよ」
【空想の友達】は幼少期に見ることが多く、大人になる前に消失する。
私も例外ではなく、この日を境に■■■の姿を見ることはなかった。
──……今でも私は『孤独』だというのに。




