【再会】‐Reunion‐
他の兄姉は腹違い、第二王女イルミアは実の妹である。
しかし妹は兄である俺、アルバートの顔を知らない。
[龍]と【戦乙女】の末裔であるドラゴネスの王族は成人と見なされる12歳まで別館で使用人達と生活し、家族と顔を合わせることはない。
成人式が行われるまで兄弟はおろか両親の顔も知らずに育つのだ。
しかし俺は【最強の[魔法使い]】という肩書を捨て、[探偵]になるべく家を出た。──イルミアの成人式の前日に。
『妹不幸な兄』と思われても仕方がない。
実際、兄としてやるべきことの全てを放棄してきた。
成人式を見守ることも、叱ることも、褒めることも。人生の指針になることも怠った。
したことと言えば成人式前の別荘に行き、偽名を使って時間潰しの相手になったくらい。
前世で解決した事件の話をしてやったり、『ウミガメのスープ』のような遊びをした。
イルミアは『兄であるアルバートの顔を知らない』。
言葉遊びのようで悪いが、【アルバ】としては幼少期から知り合っている。
だから制服のフードはこのまま深くかぶっておこう。
ダリア嬢を見つけたらこの魔法学校も離れていくわけだから再会の必要はない。それに姿をくらませた説明が面倒だ。
【時間停止魔法】の中を静かに歩く。
【魔力なし状態】で必死に走り、あんなにも遠く思えた大将エリアにあっけなく辿り着いた。
ほとんど戦闘不能にされた【リヴァイアサン寮】生徒達。
6体の[神聖巨龍]に守られ、全ての事柄に飽きているような生意気な顔で王座に座る我が妹。
幼少はもっと可愛げがあった気がするのだが、兄姉たちに甘やかされ自尊心が高くなり過ぎたか。
まあ、やはり俺に似て顔は整っている。
金髪のツインテール。瞳の色は俺よりも明るく、水色。(制服のローブのボタンを閉めているから体のラインは確認しづらいが)胸はやや小さく、細い。
生地の厚い黒のニーソックス。
脚を組んでいるため下着は見えないが、スカートがだいぶ短い。
教師は注意しないのか。こいつが王族だからといって職務放棄しないで欲しい。
──内もも(絶対領域内)に小指第一指節ほどの大きさのホクロ。
「変態」
「あ」
最悪のタイミングで時は動き出す。
脚を組む少女を凝視する男。速攻指名手配でもおかしくはない。
【時間停止魔法】には体感10分程度の制限があるものの時間切れで魔法が解けたわけではない。
イルミアの足元に落ちている魔法完全無効化の指輪を拾い上げたから。すぐに人差し指にはめる。
「私の前で顔を隠すなんていい度胸。……この距離まで全く気付かないなんて。凄腕の[職業:暗殺者]? いや、魔力がないから。ザコ過ぎて見えなかったのね」
「お前を暗殺したければ【魔力なし】の集団を雇えばいいわけ──かっ!?」──顔面全力キック直撃。
「いつまで下着見てんの。死にたいようね」
「見るかそんなもん!」
キックしたせいで黒い下着が一瞬見えたが不可抗力だと思う。
「灰にしなさい」
イルミアが[神聖巨龍]達に命令する。
[神聖巨龍]達は先ほどの膨大な魔力量の持ち主の居場所を探るがどこにもいないことを悟ると俺に視線を向けた。
光線の雨。
死に物狂いで避ける。
主人が近くにいるから光線の量は控えめ。と言っても先読みを間違えたら即終了。
「それにしても、この学校に【魔力なし】なんていた憶えないけど。あー、レオルドお兄様の口添えで転入してきた奴か。だったらまず挨拶するのが礼儀じゃない? この学校での一番の権力者に」
「生徒会長とはもう話を付けている」
「は? どう考えても私でしょ」
「末っ子王女がよく言う」
あ、キレた。
眉が中央に寄り、口横がピクリと動いた。
気のせいかツインテールが逆立つ。
「おい転入生! 今動ける【攻撃】はもう君だけだ。──僕の武器を託す。君の手で【ウロボロス寮】の無敗記録を打ち破れ!」──今にも倒れそうなモブG。
木刀が俺の前まで飛んできて地面に突き刺さる。
それを引き抜くと魔力が込められていたのか水の渦を纏う。
「その武器の名は【約束されたしょう──……」──名前を言い終える前に力尽きて地面に倒れた。
木刀に名前を付けるなんて随分と変わっている。
しかしおかげで勝てる可能性が出てきた。
【魔法戦】の勝利方法は『【攻撃】が大将に攻撃を与える』。
戦闘不能ではなく一撃さえ当てれば良いのだ。
イルミアに向かって走る。
木刀に込められた魔力量はランクE程度。遠距離魔法一撃分。
[神聖巨龍]に構っている余裕はない。
最適な距離で木刀を振り上げ。
「行けぇ!!!!」──水の斬撃を放つ。
それがイルミアに直撃──するかに思えた。
……直撃する寸前に放った魔法が消失する。
『──【探偵を亡き者にした不条理に裁きの鎖を】──』
異次元から無数の鎖が出現し、俺を捕らえる。
動こうとすると鎖はより強く巻き付く。
間違いなく俺の魔法だ。
「残念。『あと少しで俺も王族に勝てるんだ』って思ったしょ? いや無理だから。魔力量で考えたってミミズと[龍]くらい違う。それに──」
ああ、忘れていた。
「私自身に【傷付けようとする者を捕縛する魔法】がかけられている。あのクソ野郎が唯一、私に残したもの。勝ちたかったら【神種領域ランク】の魔法でも使わない限り、ありえないし」
どこかのお馬鹿さんのせいでこの妹は最強になってしまった。
そりゃ[神聖巨龍]を従えて、完全防御を持ち合わせていたらチート持ちの兄姉達でも手を焼く。
こんなわがまま王女が出来上がるのも無理はない。
イルミアは腕を組みながら俺の前にやってきて、フードを脱がす。
指輪は取り返したから髪は金色。イルミアが知っているのは黒髪の俺だが、流石に気が付くだろう。
「久しぶりだな」──気まずく微笑む。
「……誰? 初対面だし」
感情は動いておらず。
それが真実かのように言い放った──……。




