【証言(1)】‐Testimony(1)‐
[探偵]アルバはドラゴネス王国第三王子アルバート・メティシア・ドラゴネスである。
──と言っても第三王子が正体というわけではない。
[探偵]が表で第三王子が裏の顔。ブルース・ウェインみたいなものだ。
そもそも王位継承権も王族特有の膨大な魔力量すら捨てた。
それを可能にしてくれたのが[魔封石龍]の化石から作られた指輪。
人差し指にはまっている限りは【魔力なし】になることが出来、魔法が蔓延る異世界でもかろうじて[探偵]として生きていける。
指輪がこの人差し指にはまっている限りは。
「なにが起こってるのかしら……」
褐色美人の悪女な[女盗賊]──ルパナに指輪を盗まれてしまった。
抑え込んでいた魔力が解放され、【魔力喰い】が起きて魔法が使えなくなった生徒たちがそこら中で困惑の声を上げる。
魔法によって作られた城壁も敵味方関係なく崩れ、整地された運動場が楽園のような花畑に変わっていく。
もうだめだ。
このままでは魔力の発生元を特定されて正体がバレる。
【神種領域ランク】なんて今世紀でひとりしかいないのだから。
ルパナに【洗脳魔法】をかけて返してもらうか?
それともこの場の全員に【記憶操作魔法】をかけてなかったことにしてしまおうか?
──……いやいや、そんな魔法の使い方なんてしたら俺の探偵美学に傷が付く。
「あ、そうか。とりあえずは時間を止めておこう」──考えているうちに事態が悪くなりそうだったから指を鳴らして【時間停止魔法】を使う。
久しぶりの魔力開放で自分になにが出来るのか忘れていた。
俺って『とりあえず』で時間を操れる[魔法使い]だったわ。
「はあ」──思わず深いため息をついてしまう。
普通ならば『死者を生き返らせること以外ならなんでも出来る』なんて全能をもらって異世界転生が出来たのなら泣いて喜ぶ。
これから自分主人公なチート持ち異世界転生記が始まるのだと胸を高鳴らせることだろう。
だが俺は泣いてこの世界の女神を恨んだ。
【ノックスの十戒】や【ヴァン・ダインの二十則】に基づいた探偵たちの背中を追ってきた俺には大袈裟すぎる力だと思う。
【足跡を見つけやすくなる】くらいな可愛げのある魔法で良いじゃないか。
「え? ちょっと、これなに……あ、貴方の仕業!?」──唯一時間を止まっていないルパナが顔を真っ青にしてこちらを指さす。
「悪女はどんな時でも冷静にミステリアスにしていろ」──「無理言うんじゃないよ!」
彼女も一緒に時間停止させて指輪を取り返すことも出来たがそれでは公平ではない。
例え【盗品魔法】で指輪を盗んだ悪女だろうと[探偵]として紳士的に対応する。──なんて格好つけたいところだが単に魔法完全無効化の指輪を所持しているから。
「指輪を返してくれ。ルパナ・ドレクロッコ」
「じゃなきゃどうするの……殺す? それとも辱めるとか? 【時間停止中】なんだからなんでも出来るでしょうね」
「どちらでもない。いいから返せ」
「時間が止まってるのになにもしないわけ?」
「【時間停止魔法】をいかがわしい魔法みたいに言うな」──「いや、実際そうでしょ」
この常識外れの状態に早くも適用したのかこちらをからかうルパナ。
時間を止めた程度では彼女の気持ちは変えられないらしい。
指輪を胸元、スポーツブラのような服の中に隠した。
「ねえ、転入生クン。さっきブラック生徒会長にダリアのことを聞こうとしてたけど。貴方はダリアの行方を探りに来た魔法省の人間なんでしょう?」
「いや、魔法省とはなんの関係も──」
「隠さなくたっていいわ。ダリアが行方不明になって【セイリュウ寮】のリリーナ・ヴィクトリアのいじめが原因だなんて噂が流れてる。リリーナは魔法省の管理代理であるレオルド第二王子の婚約者で、貴方は第二王子の口利きでこの魔法学校に転入してきた。少し考えれば分かることだから」
勘の良い者ならばすぐに気付くことだろう。
だが普通【魔力なし】が魔法省で働くなんてことはない。
俺がレオルドの部下か本当に同盟国の貴族の息子かは直接聞かなければ知りえない。
──……ルパナがわざわざ【攻撃側】を選らんだのはもしかして。
「ダリア嬢と交流があったのか?」
「別に。……学年と寮が同じわけだし、多少は話したことはあるだけ。人付き合いが苦手同士だったし。それに彼女の行方不明はなんだかきな臭いのよ。親友が醜聞の的にされて、彼女にベタ惚れだった生徒会長が大事にしないし塩対応」
「ブラックがダリア嬢に惚れていた?」
「ええ。火を見るよりも明らかだったわ。地味娘と人気者カプで推してたんだけど、正直がっかりしてるの」
そんな素振りは全く見せていないじゃないか。
婚約者であるダリア嬢の話題を出したって動揺もしていなかったし、彼女を語る時だって感情が乗っていなかった。
ブラックが好意を覚えていたとは思えない。
この悪女の証言が真実ならば、単純な事件ではないのかもしれない。
「自らの意思で姿を消した可能性はあるか?」
「なんの為に?」──「なりたい自分になるため、とか」──「そんな理由で家出するほど子供だったとは思えないわね」──失礼な。
「お前は誘拐事件と考えているのか?」
「自分ひとり生きて行けるほどの経済力もコミュ力も持ち合わせていなかった。親友にも恵まれて、生徒会長との仲も順調そうで最近の彼女は幸せそうだったわ。家出ではないと思う」
少なくともルパナに『羨ましい』という感情を抱かせる状態にはあったようだ。
家出の線は薄いだろう。
真相に近づいたが──誘拐・監禁の線が濃くなってしまう。
「ダリアを無事に見つけ出すと約束するなら、この指輪を返してあげてもいいわ」
「悪女かと思ったら随分とお優しいじゃないか」
「誰かが死ぬのが嫌な悪人ってだけよ」
「最初からそのつもりだが約束しよう。[探偵]として必ずダリア嬢を見つける」
右手を差し出す。
ルパナは安堵の表情を浮かべ、手の平に指輪を置──こうとしたがフェイント。握りしめた手を挙げる。
「その前に【リヴァイアサン寮】に貢献してちょうだい」
「ん?」
そうして野球選手のような身のこなしで投げた。
【ウロボロス寮】大将エリア。大将のイルミアに向かって。
「あのわがまま第二王女に一発食らわせて。勝ったらご褒美あげちゃうかも」
艶っぽいからかいを最後にルパナの時間も停止する。
指輪は見事、生意気な顔で王座で足を組むイルミアの元に。




