【特攻】‐bukkomi‐
【魔法戦】の開始。──相手【攻撃】をかき分けて【ウロボロス寮】の陣地へと侵入する。
【リヴァイアサン寮】の陣地ではすぐに乱戦が始まった。
武器職は奇声をあげて突き進み。魔法職が遠距離攻撃。──まさに魔法が飛び交う戦争。
後ろでは混沌な状況が作り出されているが、こちらの戦場は至ってシンプルだ。
相手【守備】はふたり。ひとりが岩で城壁を作り出し、もうひとりが城壁の前に沼地を作り行く手を阻む。
そして足が止まっている者から上空の警備をしている5匹の[神聖巨龍]の攻撃を受け退場していく。
口から眩いほどの光線。一度の攻撃で自軍の数十人を失う。
シンプルだが、とてつもなく厄介だ。
しまいには【大将】であるイルミアは寮陣地の一番奥で優雅に腰を落ち着かせている。
足止めの沼地と城壁を潜り抜けたり、転移魔法で大将エリアに辿り着けたとしてもイルミアの横に控える他と比べて倍の大きさはある[神聖巨龍]によって鎮圧された。
「まずはこの沼地だな。魔法使える奴らはちょっとした足止めだけど劣等生なオレ達からしたら致命傷だ。……まあ、このまま動かないのもワンチャン? いっそアリ寄りのアリ」
「ナシ寄りのナシだろ。なに弱気になっているんだテレム。わがまま王女に勝つんだろ」
「だってこの距離感で[龍]を見上げるなんて滅多にないだろ!? しかも5匹もぅ。足がガクガクでタップダンス踊ってるから」
人を焚付けておいて、この男は。
だがテレムが言う通り魔力なしの俺がこの沼地に捕まったら抜け出す術がない。
「頭を使え」
「なるほど。魔力で勝負出来ないオレたちは知識で敵を上回るってやつだな。カッコイイ豆知識披露してくれよアルバちゃん!」
「いや、沼地に捕まっている寮生を踏み越えて進むだけだ」──頭か肩を踏み台する。もちろん『すまない』という気持ちだけは忘れずに。
「な、仲間を仲間と思っていない蛮行ッ!そこに」──俺の行動に呆れたのか両手で口を抑えた。──「……だが。オレに親友達を踏むことは」
「良いんだ、テレム」──モブA。
「もう戦線復帰は難しそうだ。テレムが意思を継いでくれるなら足場にだってなってやる」──モブB。
「だから進んで。私達の分まで……止まるんじゃ、ないわよ」──モブC。
「……お前ら」
テレムの涙腺が崩壊した。熱い友情物語である。
──のだろうけど、彼らの今までを見ていない俺からしたらただの茶番劇。
大半が肘まで沼地に沈んでいる構図なものだから余計にシュールなのだ。
テレムは「ごめんなぁ!」と号泣している。
踏み台の寮生達の顔が『俺は良いから先に行け』なのが妙に腹が立つのはなぜだろう。
「[龍]以外の追撃がないが。城壁と沼地を展開した令嬢達はどこへ?」
「魔法を展開してすぐに退場するんだ。どうやらイルミア様の命令っぽいんよなー。『邪魔だからどいていろ』みたいな」
「召喚獣の攻撃が味方に当たらないようにとか……」
「ないない。そんな可愛いこと考えてる王女様じゃないんだって。『他人なんて信用するだけ無駄』って思ってる人種さ。自分が一番! 他人は下僕!」
随分とひねくれ者に育ったのだな。
──……とも思ったが、俺も[職業]柄他人を疑ってばかりだ。
信用できる人物なんてティファとノラ。と片手の指で足りる少数のみ。
「だが他人を下僕と思ったことはないぞ?」──うん。ギリギリ人間性で妹に勝っている。兄の面目は守られた。
「なにを呟いてるんだ?」
「いや、この岩の城壁をどう攻略してやろうかと思ってな」
退場した令嬢によって築かれた岩の城壁。
こんな芸当が出来るのは[純人間種]であれば最上魔力量ランクCの[盾使い]くらいだ。
攻略した沼地の広さを考えるにもうひとりも魔力量ランクCと考えるべきだろう。
城壁の高さ約25メートル。
ボルダリングの容量で登るとしても命綱なしでは流石に危ない。
頂上に行けたとしても頭上には[神聖巨龍]。
逃げながら25メートルを降りるのは──……。
「お困りのようだなおふたりさん。『親友』と『親友の親友』のよしみだ」──モブD。
「この運び屋兄弟が城壁の向こうを見せてやるよ」──モブE。
「……お前達はたしか」
「運び屋兄弟。飛行魔法を得意としている。彼らにかかればどんなに危険な戦地だろうと無事に目的地まで送り届けてくれるのか!!」
ガッツポーズを向けてくる、双子であろうそっくりな兄弟。
それぞれが俺とテレムの前に立ち両手を差し出す。
手を引いて飛行し、城壁を越えてくれるらしい。
「しかし手袋したままでは危なくないか?」──テレムの厨二風手袋に視線を向ける。
「ああ、確かに。脱げたら危ないか。悪いけど、腕首を持ってちょ」──袖を上げて差し出す。
続いて俺も手を取る。
「【水流飛行】!」──運び屋兄弟の背中に水の渦が浮かぶ。首が取れそうな勢いで地面から飛び立った。
その速度に慣れるよりも早く城壁の頂上へ。
しかし[神聖巨龍]がこちらを向いて口を大きく開けている。
[龍]の鱗が鮮明に確認出来るほどの距離。口の前で光の球体が作られていく。
「来るぞ! ちゃんと避けてくれ」──手の震えを感じた。発生元は俺ではない。
「わ、分かってる!」
一般人が[龍]と戦うなんて滅多にない。
そもそも[龍]を[召喚獣]にしている[召喚師]が滅多にいない。
こんな戦場を経験する自体、おかしいのだ。
光線を避け、翼を大きく広げた[神聖巨龍]から逃げる。
速度では当然勝ち目が無いため不規則に飛ぶ。絶賛、今世紀一の乗り物酔いをしている。
「はは、最高だなアルバちゃん! こんな経験を今までにしたことがあるか。オレ達はこの場面を強く記憶しようじゃないか。記憶が自己を作る。この経験でオレ達はより上質な存在になったんだ!」
「大層なことだが口を動かすな、じゃなきゃ」
「大丈夫だ! 当然舌は噛んでる!!」
吐血しながら大笑いするテレム。
ハイになっているから痛みはないのかもしれない。
「──……くそ。ここまでか」──運び屋兄弟の切羽詰まった声。
魔力切れではない。
上空で2匹に囲まれた。
再び口を開けて光線を──……。
「俺達の分まで暴れてこい。親友共!」
「は?」──唯一の命綱である手を離された。
とてつもない速度で落下する。
頭上では運び屋兄弟が光線を受けた。
いやいや、あの威力は致命的だろ。
「安心しろ。この学校の[聖職者]は優秀だからどんなに負傷しようと完全回復させてくれる」
「だとしても限度ってものが!」
人の心配より俺達の方だ。
この速度だとすぐに地面に到着する。──けれど無事に着地する術を持っていない。
「【水流玉】」──地上にいる【リヴァイアサン寮生】の魔法。モブF。
水の球体が俺達を飲み込む。
息は出来ないが超高速で地面に叩きつけられる未来は阻止された。
しかし俺達に意識を向けていた【水流玉】の使い手は[龍]の攻撃を受けてしまう。
【魔力なしの[探偵]】と【魔力の放出しか出来ない[遊び人]】を残すために多くの戦力が失われた。ありがたいことだが──……コスパが悪い。
「どうした?」
【リヴァイアサン寮】の制服である青いローブに付いているフードを深くかぶるテレム。
「いや、濡れて体が冷えちゃってさ。寒いの苦手なんよな」
「そうか」
確かに【水流玉】によってびしょ濡れである。
水温もかなり低かった。
「そんなことよりアルバちゃん。これどうするよ?」
「世界最上種が劣等生な俺達を狩るために必死だな」
岩の城壁を越えられたのはいいが、下りた先には3匹の[神聖巨龍]。
【リヴァイアサン寮の攻撃】はもう退場しているか、大将エリアを攻め入っている。
だから俺達が最後尾なわけで、【攻撃】の排除を任せられた5匹の標的に。
上空に言っていた2匹も向かってきていた。
詰みだな。と思っていたらテレムに背中を叩かれる。
「俺は良いから先に行け」──それから力強く押された。無意識に走り出す。──「こいつらを倒したらすぐに追う」
[神聖巨龍]達の注目がこちら集まって──……。
「お前たちの相手はこのテレム・モリセウス! ドラゴネス魔法学校の全生徒と『親友』になることを目標としている男ッ!!」
テレム曰く『唯一出来る事って言ったら魔力の放出くらいでさ、めっちゃ目立てるんよ』。
確かにめっちゃ目立っている。濃い青色の魔力の放出。
5匹の視線を集めた。
そうしてテレムは光線の雨を全身に受け止める。
間違いなく灰になる威力。
いくらこの学校の[聖職者]が優秀だろうと、これは流石に。
光線から親指を立てた拳が見えた。
あ、大丈夫っぽい。




