【助手】‐Sidekick‐
魚のような下半身をした[水霊馬]が引く水上馬車に乗っている。
揺れはかなりあるが、魔法船よりも早い。そして何より湖を渡る為にかかる費用が少ない。
馬車の中には俺と現状が飲み込めないでいる[半妖精]。
乗ってから10分ほどずっと無言である。
「アルバだ」──話の糸口を作ってやる。
「……ティファ」
警戒しているのかそれだけ。
また無言の時間が始まりそうになる。
「さっきはどうして逃げた?」
冒険者ギルドで起きたパーティー追放騒動。
【『この[半妖精]は男だぞ』発言】で場が凍るとティファは俺の腕を引き全力ダッシュをかましたのである。
「目立つのは嫌いだから」
「十分目立っていただろう? 追放された[半妖精]なんて。あの場の全員がお前に注目していた」
「いや、レリックのほうだよ」
【レリック】というのは追放した側にいた男だ。
確かにあの場にいた全員があの男に不快感を覚えていたし、注目の的だった。
ティファはあいつの引き立て役としていただけ。
ただし俺の発言によって話の中心はティファになる。
「どうして分かったの? ……えっと、ボクの性別」
「ああ。あんなのはただの〝でまかせ〟だ。お前の反応を見て確信に変わったが」
「でまかせ? 喉仏。骨格とか、くびれ。いろいろと理由が出るだろうに、でまかせ?」
「強いて言えば『女』という単語が出るたびにお前は前髪を触り目を隠した。『女』と呼ばれることに罪悪感を感じていたのだろう。ただそれだけだ。他に性別が分かるものは服装でとことん隠されている。まるで男女の身体の違いを熟知しているかのように」
正直【女装/男装】なんてものは見破れて当然なのだ。
いくら綺麗に着飾っていても〝違和感〟というものが残る。
『らしさ』より『らしくなさ』を探してしまい男女差の知識がなくとも見破れてしまう。
しかしこのティファという[半妖精]にはその〝違和感〟がない。元々美男美女として有名な種族だからか、独自の研究の成果か。
男と知った今でも疑うほど。
『脱げ』と言うのが手っ取り早いが──……なぜだか憚られた。
「もう一度聞くが、なぜ冒険者ギルドから逃げた? あのままではお前はただの追放された哀れな[半妖精]だ。性別を公表すれば、少なくともレリックとやらを『縛り付けて襲おうとしていた』という容疑だけなら晴れた」
裸体を見たはずの奴らがティファを『女』と言ったのだ。
それだけで証言の真実味がなくなる。
「真相は逆だろう? 襲われそうになっていたのはお前のほうだ。そこに現れた虫三号(パーティー内[魔法使い]のひとり)によって場は収まったが、レリックが魔法道具などを使って虫三号の記憶を上書きした」
【記憶介入魔法】──使われた者は情緒不安定になることが多い。
それに証言だってやけに説明臭かった。
記憶を上書きされると魔法使用者の暗示通りに話すのだ。
しかもレリックはその件から話をそらそうとしていた。
当然ながら深堀りされて矛盾点が浮き彫りになると困るから。
「別にいいよ。他人にどう思われようと。ボクの人生はボク中心に回ってる。他人に重きを置くから人生空回るんだ」
──意外にしたたかだった。
ただしその考えは賛成である。
俺だって自分中心に生きているし、それを変えるつもりもない。
「自分中心という考えで選ぶ[職業]とは思えないがな」
「……キミはいったい」
「ただの廃業寸前の[探偵]だ。それにちょうどいいことに、[助手]を募集中。どこかに安月給で雇えて、医学に精通している[半妖精]がいたらいいのだが」
「言っておくけど、ボクの魔力量ランクはFだよ」
【F】。ランク最下位。
基礎魔法の初級でもギリギリ使えるか分からないほどの魔力量である。
「構わん。そもそも魔法は嫌いだ」
「変わってるね。そんな髪色だから、てっきり魔力至上主義かなって」
俺の金髪を見ながら──ティファの種族と違い[人間]の髪色と魔力量はまったく関係ない。
これは単に遺伝的なものだ。
「[回復職]の魔法といえば上級者向けばかりだろ? 魔力量の消費も多いはずだ。どうカバーしている」
「ボクは[医者]なんだ。魔法ではなく薬や手術で患者を治療する。魔力量はほとんどないんだけど【常時発動技能】はちょっとだけ恵まれてね。『薬草の効果を多少上昇させることが出来る』。けど[聖職者]と違って痛みを伴うからパーティーを組んだ冒険者にはかなり不評で問題ばっかり。それで冒険者ギルドを転々としてるんだ」
「ほう」
この異世界に病院はほとんど存在しない。
ある程度の傷なら市販の魔法薬で治るし、教会に行き金銭さえ払えば【死に至る病】以外は魔法によって治ってしまうから。
〝手術〟という概念は定着していないため『異端』とされている。
よってそれを主に治療に使っている[医者]は需要がない。
いるとしても魔力量貧困層ばかりの集落くらいなものだろう。
[探偵]と同じように魔法によって廃業に追い込まれた[職業]。
「なるほど。俄然お前が欲しくなった。[医者]ティファ。俺と一緒に来い」
「へ?」──スカートを引っ張り脚を隠し警戒。違うそういう意味じゃない。
「治してもらうなら病の知識がない[聖職者]よりも研鑽を積んだお前が良い」
右手を差し出す。
これは友好を示すだけの握手ではない──いわば『ミステリーに不可欠な要素』を補うための重大な契約である。
「──……ありがとう。ボクはかなりどんくさいよ。それでも仲間にしてくれるの?」
「腕は確かだろ。薬草調合も治療後の傷の処置も確認した」
「えへへ、[探偵]がなんなのかさっぱりだけど。キミははじめてボクを認めてくれた存在だから、信じてみるよ。アルバ」
握手──契約はなされた。
これにて俺も【助手持ち探偵】の称号を得る。
「えっと、それでこの馬車はどこに向かっているのかな?」
「地下迷宮が無数に作られる孤島──【ミノタウロスの迷宮】。そこの依頼を受けた。『地下迷宮で亡くなった父の死の真相を解き明かしてくれ』とな」