【親友】‐Bro‐
──強めに扉が叩かれた音で目が覚めた。
身を起こすと自分がベッドから落ちていたことを知る。床に寝ていたせいか身体が痛い。
俺がが思うに自分は寝相は良い方だ。
眠った位置から動いていることはほとんどない。
ならば原因はなんだ──……。
ベッドの上を確認する。
メイド服姿のまま小さな吐息をたてて眠っているティファ。
横を大きく使って大の字で眠っているノラ。足をバタバタさせ暴れながら寝言。
……犯人は考えるまでもない。
「起きろ。誰か来た」
「ん。……おはよ。アルバ」──ティファは目を擦り、今にも閉じそうな瞼で微笑む。
「そんな格好で寝ていたら勘違いされかねん。身なりを整えろ」
「あ! うん。そうだね」
崩れた服装では主人と使用人がいかがわしい関係を持っていると思われても仕方ない。
急いで立ち上がりメイド服のシワを伸ばす。
ノラは頬をぺちぺちと軽く叩いても起きそうにないため、諦めて両腕を掴み起き上がらせる。
「……なんなの?」──状態把握をしていないノラは睡眠を妨げられたことに腹を立てているようで不機嫌な表情。
「客が来た。影に隠れるか猫になれ」
「相手は[魔法使い]? もし魔力探知される恐れがないなら【動物変身】して居眠り続行したいの」
「学校案内をするために生徒会長であるブラックが来る可能性が高いが、影に隠れていた魔力に気付いた様子もなかったし、そうしてくれ。危なくなったら逃げろ」
俺が言い終える前に黒猫に変わる。
急激に重さが変わった反動で危うく放り投げそうになったが、無事ベッドに置くことが出来た。
「大人しくしてろよ。お前は猫だ」
「なぁ」──それは返事なのかあくびなのか。
「準備出来たよ! 扉を開けても良い?」
「ああ。頼む」
使用人を始めて1日目のメイドティファは緊張した手つきで扉を開ける。
扉を叩いていた人物は生徒会長ブラックではなく──チャラい見た目の男子生徒。
【リヴァイアサン寮】の制服である青ローブを着崩して、耳には重たそうなピアス。両手には厨二風手袋。青い髪。
前世で言うところのクラスのお調子者でテニス部のチャラ男。
「……お前は、誰だ?」
「ちっす。どもどもー。オレは【テレム・モリセウス】。このドラゴネス魔法学校の全生徒と『親友』になることを目標としている男ッ! よって転入生アルバちゃんとも『親友』になるってこと。ついでに同じ5年生ね」
「出てけ」
変な奴を部屋に招き入れてしまった。
両手を広げて、すぐにも友情のハグでもしてきそうな勢いである。
「つれないなー。オレを親友にしたら素晴らしい特典てんこ盛りよ? すでに8割の生徒が『親友堕ち』している。つまり気になる女生徒がいたとしてもオレが仲介したら楽勝なんよ。恋のパラメーターだって確認し放題。セーブポイントにもなる。こんな親友が他にいるか? いいや。いるはずない」
「意味が解らん」──役者じみた動きで演説。何を言っているのか俺にはさっぱりだ。
ティファは慌てているがこんな奴と張り合わなくていい。
[医者]で[探偵助手]。──訳の分からない自称『親友男』に負けるわけがない。
「友人なら間に合っている」
「猫は良き友と言うけれど、言葉は話せないだろ?」──ベッドで丸まっているノラを見る。
「そもそも俺は自分から『親友』と言う奴を信じるつもりはない。それはなるべくしてなる関係だろ。『俺たち親友だよな?』なんてやり取りするような仲は『裏切るな』という釘差し。仕事場の上司の『期待しているから』というパワハラと変わりはない」
「深く考えなくていい。ただの『親しい』『友人』。友人の一段階上の存在になりたいんだ」
肩を掴まれて魂の叫びを浴びせられた。
正直初対面の不審者と友人以上の関係になるには無理がある。
しかし俺はこの瞳をした人物を他に知っている。こういった人種は自分の決めたことは決して曲げず。他人の意見なんて気にしない。
適当に乗っておくのが無難である。
「そうか。他に用がないなら出てってくれ。他生徒に『テレムと親友か?』と聞かれたらそれとなく匂わせてやるから。お前の自尊心は守ると約束しよう」
「いいや! 違うね。オレが欲しいのはそういう関係じゃない。傷付けあっても許しあえるような。財布を任せても安心出来るような関係さ」
「解らん。他人に財布を任せるな」
前世で親友はおろか友人ひとりすらいなかった俺には親友の定義はよく分からないが、こんな宗教勧誘みたくなるものではないだろう。
……ティファにはなぜか響いているようだ。
押しに弱そうだからなこの[半妖精]。
「それに授業に遅れている親友を呼びに来るのは当たり前だろ? すでに1限目の【魔法薬学】の授業は受けそびれているわけだし」
「ブラックは呼びに来てくれなかったのか?」
「あの人、真面目だから絶対来てたと思うぜ。爆睡でもしてたんだろ」──そのようだ。ベッドから蹴り落されても起きなかったのだから。
「なるほど。なら感謝するべきだな」
「まあ【魔法薬学】なんて意味わかんないからなぁ。ばっくれて正解。でも2限目を逃すのは勿体ないと思うわけ」
「どうしてだ?」
「【寮対抗魔法戦】。通常の【魔法戦】は同じ寮生たちが学年問わず戦うわけだけど、今日は我ら【リヴァイアサン寮】対【ウロボロス寮】だ。滾るだろ! これは」
「いや、俺は」──【リヴァイアサン寮】だけの集いならば情報収集の為に参加するべきだろうが。大規模の戦いとなると【魔力なし】ではどうにもならない。
断ろうとしたがテレムに腕を引かれて部屋を出る。
「あ、アルバ!?」
「使用人は参加出来ないから部屋で大人しく掃除でもしておけって!」──ティファには棘のある声を発する。貴族の生まれならこの態度が当然なのだろう。
「俺は魔力なしだ。【寮対抗魔法戦】に参加するつもりはない」
「いいや、するだろアルバちゃん。【ウロボロス寮】はあの生意気王女イルミア様が大将をしている。オレたちが勝てばどんなに悔しがるか。命を懸ける価値があるだろ!?」
「──いや全然ッ!!」




