【幕間】‐Candy‐
──私の家系は【勇者の子孫】という称号を誇りとしていた。
といっても勇者の時代なんて随分と昔のことだったし、近親者との婚姻も許されていなかったから血なんてものは無い。
それでも両親は【勇者の再現】に執着し続けているのだ。
この家に居続けたら私も同じような思想に憑りつかれるのだろうか。
──黒に近い髪色が生まれると勇者と同じ名前を付けられる。
──大抵違う髪色で、その場合は勇者に関係した言葉が名前になる。
──職業は勇者と同じ[剣士]として育てられる。
──魔法属性が火属性であったならより大切にされる。
[半妖精族]の金髪崇拝にも近しい【黒髪崇拝】。
[人間種]には髪色と魔力量は関りがないとされているが、東の国【鬼国】では『黒髪の者にはこの世界では得られない知識が与えられる』なんて言い伝えがあるそうだ。
大昔【鬼国】には多くの黒髪が存在したのだが[獏]の好物にされ記憶を奪われてしまい髪の色を失った。なんて昔話まで存在する。
現に【鬼国】と聞けば白髪を連想してしまう。
【黒髪崇拝】の家系──もちろん婚約者も家柄ではなく髪色で決まる。
──名前は■■■・■■■■■■。
──容姿は──【顔には靄がかかっていて見えない。】──ドレスに魅力負けしており瘦せ型、いつもビクビクと震えている。
こんな女性が私の婚約者だ。
恋に落ちて選んだわけではない、ただ彼女が黒髪であったから。
……しかも何かに怯えていてほとんど自室から出てこない。
両親に言われて毎日彼女の屋敷に足を運んだが、顔は見ず部屋の前で声をかけるばかり。
「大丈夫ですか?」──「今日は天気が良いです。散歩にでも」──「有名なパティシエに頼んでケーキを作ってもらいました。良かったら一緒に」──「花飾りを作ったのです。貴女に……」
返事はない。
そもそもどうして私が愛してもいない婚約者のためにこんなにも必死にならなくてはいけないのか。
……黒髪に生まれてきていれば違っていたのだろうか?
それでも彼女の屋敷に毎日通った。
惰性的に、これが私の人生なのだと言い聞かせながら。
「も、もう。ここっ、来なくて。良いよ」──初めて彼女が言葉を発した。
扉の向こうで。
拒絶の言葉。
「私だって、来たくない」──それを拒絶の言葉で返した。
「し、知ってる。き、嫌いでしょ? ■■■のこと」
「嫌いという強い感情を抱けるほど。貴女に興味はない」
もうヤケである。婚約破棄をされても良いと思った。
こんなにも献身的に尽くしても引きこもりをやめない婚約者なんて知るか。
「……い、意外に。し、辛辣ぅ」
「当たり前です。心を閉ざしている相手にどんな感情を持てと言うのですか? そうやって隠れていれば優しくしてもらえるとでも思っているのでしょう。けれど今の貴女はただの腫れ物」──突然と扉が開く。
「な、なにも。し、知らない。くせに──……っ!」
初めて──【顔には靄がかかっていて見えない。】──目が合った。
「じゃあ、教えてくださいよ」
「え」──喧嘩腰に顔を近付ける。彼女も興奮しているのか顔が真っ赤になった。
「恐れを。過去を。気持ちを教えてくれないと分からない。知りもしないで嫌うなんて中途半端な人間にはなりたくないので、貴女を嫌うとしても貴女を知ってからにします」
「き、嫌いには。な、なるんだ」
「それはいつかの話です。だから『また明日』も会いに来ますね」
もう日課になってしまったのだ。
明日も明後日も、引きこもりの令嬢に会いに行く。
彼女を知るために、彼女に知ってもらうために。
そしていつか彼女のことを──……。
──彼女にはじめて友達が出来た──。
────笑っている。まるで自分のことのように嬉しくなった────。
──────明るくなった彼女は沢山、私の名前を呼ぶようになった──────。
────────「その名前嫌いなんです」と言うと彼女は決まって────────。
────────────────────────……他人の記憶を見た。
まるで自分の体験談かのように。鮮明に。
口の中で何かが溶けきると現実に戻ってくる。
「うふふ。どう? 素晴らしいでしょう」
甘ったるい声で話すご令嬢。
彼女は魔法学校のカースト制度を生き抜くための運命共同体のような存在である。
「驚きましたわ。こんなものが世の中にあるだなんて。でも子供同士の恋愛を見るのに10万ドラネスは少しお高いのではなくって?」
「まあまあ。物の価値とはなんだと思います?」
「宝石。美しさですわ」
「そちらも良いと思いますが。私は『経験』にこそ価値が付くと思っています。商品を得てどんな経験が出来るか、金額と見合っているのか考えるべきなのです。その点、この〝キャンディ〟は言うことなしですよ」
「子供同士の恋愛鑑賞が?」──その言葉を待っていたと言わんばかりに微笑む。
それから包装されたキャンディを手渡してきた。
色はどす黒く、濁っている。
キャンディと知らなければ[魔族]を封印した水晶のよう。
「さっきのは、ほんのお試し。これが上物の【黒玉】。この世界では体験出来なかった全てが詰まっています」
「……いくらですの?」
「150万ドラネス」
「あら」──あまりの破格な額に顎が外れそうになった。
こんなキャンディひとつが150万ドラネス。ありえない。
……ありえないからこそ『経験』してみたいと思ってしまう。
買おう。ここで買わなければ令嬢としての程度が知れる。
「でも合法ですの?」
「これの存在が知られていないのですから使用を禁止する法なんてありませんよ。もう何人も嗜んでます。時代遅れにはなりたくないでしょう? ──それにもし違法だとしても、私たちには」
「そうでしたわね」
──私たちには、イルミア・メティシア・ドラゴネス第二王女の後ろ盾がありますもの。




