【婚約者】‐Fiance‐
生徒会長──ブラックに案内され俺と一歩後ろに控えているティファは魔法学校の中に入って行く。
学校と言うにはあまりに豪華で気品がある。正直、貴族の舞踏会場と言われても遜色はない。
実際、通っているのは王族と貴族ばかり。生徒の身分に合わせた学校なのだろう。
入り口には巨大な[龍]の石像が5体。
最も大きいのは[神聖巨龍]と戦乙女の石像。
「ここに入学した生徒はまず組み分けを行います。魔力の属性で【火系統:ファフニール】【水系統:リヴァイアサン】【土系統:ウロボロス】【風系統:セイリュウ】に分けられ寮と教室が決まるのであります」──流石は[龍]が造った国である。【火組】とかでも通じそうなのに。
「他の属性系統はどうするんだ? 光と闇とか」
「この国だと【光属性】は王族や限られた者しかいないので大抵4つの組から選んでもらってますね。……【闇属性】は特殊な物が多かったり、印象が悪いのでいじめの標的にされることが多いです。なので【闇属性】の方は別の学校を選んでもらうしか」
つまり【闇系統影属性魔法】のノラは入学お断りということだ。
【闇属性】だから悪人なんて認識はほとんどなく、それなりの割合で生まれてくる。【基本属性(火・水・土・風)】:7割。【光属性】:1割。【闇属性】:2割。くらいだろうか。
けれど軽蔑している者がいるのも確かである。
他とは毛色が異なるため闇系統特化の魔法学校が存在すると聞く。
「アルバ様は魔力が無いようですが。要望は【リヴァイアサン】ということでよろしかったでしょうか?」
「ああ」──行方不明になった令嬢とその婚約者ブラックが在籍している寮だ。上級生ではあるが【魔法戦】で合同授業になるらしい。同じ寮の方が情報も集めやすいだろう。
「失礼でなければ〝魔力なしの貴方のような人物〟がこの魔法学校に転入してきた理由をお聞きしても?」──悪気がある。と思ってしまう質問だが、このブラック・フレイドという青年は【爽やかイケメン】というか。人懐っこい犬みたいというか。嫌味がない。
「目当ては【ダリア・ロングスター】だ」
だからこそ謎が生まれる。
顔立ち。長身。筋肉量を見るに運動神経も良い。話し方、身のこなし。どれをとっても一流で無駄がない。
さぞかし異性(または同性)に人気があることだろう。
そんな彼がなぜコンプレックス持ちで弱気なご令嬢を婚約者に選んだのか。
「前に舞踏会で彼女を見てから、忘れられなくてな。夢にまで出てしまうものだから彼女の学校に転入してきた。この国の第二王子まで使って根回ししていたんだがな……彼女は行方不明だそうじゃないか」
「あ、アルバが恋……?」──その設定には無理がある。と言いたげなセリフが一歩後ろから聞こえた。
「ダリア嬢は私の婚約者であります」──ここで初めてブラックとちゃんと目が合った気がする。威嚇のような表情はしているものの目の奥に熱はない。
「なるほど。……しかし残念だな。婚約者に逃げられてしまって」
尋問する場合、相手を怒らせたほうがちゃんとした情報を得られる。
だから挑発しているのだが、ブラックは困ったように微笑むだけ。
行方不明の婚約者を心配して疲れ切っているのか。単に興味がないのか。
アプローチを変えてみるか?
「赤髪なのにブラックって変じゃないか?」
「さっきから失礼だよ!」──意図に気付かず俺の横っ腹をつつくティファ。結構いい場所をえぐったため『くの字』になる。
「はは。やっぱりそう思われますよね。フレイド家は魔王を討伐した勇者様の子孫なのであります。随分と昔の事なので血などとっくに消えているんですけど。勇者様の髪色が黒だったから。それだけの理由です」
「親は勇者の血に執着している。……分かったぞ。だから黒髪の婚約者か」
おそらくダリア嬢との婚約は親が決めた事だ。
勇者の血筋を誇りとしている家系。黒髪を絶やすわけにはいかないのだろう。
案外この事件、【フレイド家と縁を切りたいだけの家出】ってオチもありそうだな。
「──……ッ!?」──突然頭を抑えて壁にのたれかかるブラック。
「大丈夫か?」──腕を引いて立ち上がらせる。
「……はい。ありがとうございます。ただの立ちくらみのようです」──その割には顔色が悪い。──「この通路を進んで階段を下っていくと【リヴァイアサン】の寮であります。【221号室】がアルバ様とその使用人の部屋です。授業開始までまだ時間があるのでお休みください」
「案内してくれないのか」
「申し訳ありません。薬草室に行って頭痛薬を──……」
言葉の途中にティファがなにかを手渡す。
いつもの巨大なリュックサックはメイド服と合わないということで置いてきた。今回はスーツケースから出した。
薬草のにおいがする小さい玉が3つほど。
「ボクが調合した頭痛薬だよ。たぶん市販の物よりは効き目が早いと思う」
目を丸めているブラック。
そりゃ使用人がよく分からない小粒を手渡してきたらきょとんとするだろう。
大抵メイドは薬草の知識はないし、頭痛薬を調合したりしない。
怪しまれる前に立ち去ろう。
「飲むのが怖かったら捨ててくれ。まあ効き目は俺が保証する」
「あ、それと大事なルールが」──去ろうとしたが呼び止められてしまった。──「第二王女イルミア様には出来るだけ関わらないようにしてください。貴方の学校生活の平穏の為にも」
「……分かった。絶対に関わらない」
そういえば王国第二王女【イルミア・メティシア・ドラゴネス】が在籍していることを忘れていた。




