【衣服屋】‐Boutique‐
──兄の婚約者【リリーナ・ヴィクトリア】とは何度か面識がある。
成人式を終えて、親交を持つようになった。
彼女は俺のことを『義弟』と呼び、「気が早い」といつも返していた。
性格はおっとりとしており、若いのに母性的というか面倒見のいい女性だ。
そんな彼女がいじめの主犯格だと噂されている。【有力な証言】まであるとのこと。
しかもその相手が行方不明になっているものだから弁解すら許されない。
──もしも新聞に書かれているように人知れず命を絶っていたら、彼女の弁護は絶望的である。
醜聞には変わりないため監獄に送られることはないが婚約破棄は免れないだろう。
ただ個人的にはあんな腹黒メガネの嫁にならなくて済むのなら×がひとつ付くくらい……レオルドは他人に興味がないと言うか、戦略の駒程度にしか思っていない。
だから今回はリリーナのことを救いたいというわけではなく婚約者の不祥事をもみ消せという意図ではないだろうか?
「私はこの衣服屋の店長をしております【ツルコ】でございます」
貴族がほとんどの名門ドラゴネス魔法学校に潜入するにあたり用意された偽造身分は【同盟国の貴族子息】。
安物の私服では怪しまれるということでレオルドの行きつけの衣服屋を訪れることになった。
迎えてくれたのは前世で言うところのアジア人顔。髪色は白。
東の国【鬼国】の名産である着物姿の【鳥亜人】。
「こいつに、この店で一番高い使用人の服を用意してくれ」──ティファを指さす。
「……高価な使用人服ですか?」──なにを言っているのだ、と首を傾げた。
「出来ないなら別の店にするが?」
「いえ、当店に不可能はございません。ご注文、確かに承りました」
もちろんティファも潜入に連れて行く。
しかしレオルドに『茶髪の[半妖精]が学生では不自然すぎる。怪しまれないように【使用人】として連れていけ』と言われてしまった。
だから仕方なく貴族服よりも高価な使用人服を頼んでいる。もちろん経費で落とす。
【鳥亜人】のツルコに案内されティファは店の奥へ連れて行かれた。
「ノラは? ノラだって新しい服欲しいの」──お土産のキャンディの瓶を抱えて膨れっ面をしている。
「こないだ買ってやったろ。袖の長いやつ」
「たかが200ドラネスなの」──子供の服に200ドラネス=1600円はかなりの出費だと思う。
「文句言うな」
ノラが抱えている瓶の中からキャンディをひとつ取り上げて口に放り込む。
はずれだ。[毒消湯味]……まずい。
「ノラはお留守番?」──寂しそうな顔で袖を引かれた。
「働きたいのであれば来い。ドラゴネス魔法学校は確かペットOKだ。規則では【猫】【梟】【蟾蜍】……いや【鼠】だったか?」
「そんなこと書いてないの。『魔力を持たない動物であれば寮で飼っていい』って」──レオルドに渡された学校パンフレットを取り出す。意外に自由度高いな。他の魔法学校と設定が混ざった?──「でも[獣術師]は【動物変身】使用中に魔力を分離出来ないから魔力察知能力が高い人にはすぐバレちゃうの」
「怪しまれたら俺たちの影に潜って隠れれば良いさ」
納得したのか嬉しそうに頭を縦に振る。
と言うよりも初めから置いていく選択肢はない。この[猫亜人]幼女の魔法は色々と調査に役立つし、【探偵事務所】に置いていったらお菓子などで汚されるのは目に見えている。
「にゃはは、アルバはノラがいないと寂しくて死んじゃうもんね」
「それはお互い様だろ」──頭を撫でて髪をぐしゃぐしゃにする。
用意が出来たのかツルコがこちらへやってきて深々と頭を下げた。
「お待たせいたしました」──いや全然待っていない。流石高級衣服屋なだけあって仕事も迅速的。
「ティファ様のご要望により、素材は[鳥獅子]の羽と[聖角馬]の角。デザインはいくつか用意させていただきました。変更点などがありましたらお気軽に」──素材になる道具と服のデザインが描かれた紙。[職業:仕立屋]の魔法でそれらが衣服に変化する。
しかもティファが更衣室に行かなくても勝手に着替え終わっている。
男の娘[半妖精]によるファッションショーが始まった。緊張しているのか主役はガチガチに固まっているが……まるで着せ替え人形。
①執事服。──紳士的な衣服。クラシックで落ち着いたデザイン。ただ〝男装感〟が否めない。女装姿に慣れたか身体のラインのせいか。
②メイド服。──といってもフリフリが多くてあざとい系。スカートの丈がかなり短い。ストッキングが縞模様だったりと萌えアニメぽさ。
③使用人服[鬼国]。──上質な着物だが地味な色合い。[鬼国]では明るい色は貴族の物とされており使用人などは黒やくすんだ色のみ着るとのこと。
④奴隷服。──これは完全におふざけである。露出が多く乱暴されたようにやぶかれ、伸びたシャツ。首と手足には巨大な枷。あまりの過激さにティファは服を抑えて涙目である。
「執事服が気に入った。気品があって良いじゃないか」
「男装女子。至高ですね」──じゅるり。口元を隠すツルコ。まともに見えるがヤバい奴かもしれない。それと男装女装男子が正しい。……ややこしいな。
「着心地的にはどれがいい?」──当事者の意見を聞く。
「うーん。やっぱりこのメイド服ってやつかな。ズボンよりもスカートの方が着慣れているし、デザインが可愛い」
「なるほど」──感性がズレてきた。とも思うが実際に一番しっくりくる。異論はない。……ないが。──「ではスカートの丈を足首くらいまで伸ばしてくれ。それとストッキングの色は黒だ」
メイド服なら現世の電気街で見たようなものより本場の英国的な方が好きである。
「かしこまりました。お客様の癖のままに」──「違う。そうじゃない」




