【兄王子】‐Brother Prince‐
──【探偵事務所】。
それは[探偵]であるならば喉から手が出るほどに欲しいもの。
商店街を抜け、ペタフォーク街221番地。
隣には酒場があり[踊り子]や[遊び人]などの出入りが激しい。路地裏では怪しげな取引や酔いつぶれた冒険者たち。──正直、治安はかなり悪い。
ティファたちに『どうしてこんな場所を選んだのか?』と問い詰められると『悪人を知ることで解決出来る事件があるのだ』と苦し紛れな言い訳をするが。
単に番地の耳心地の良さである。
しかし見てくれ、この建物を。
レンガ作りの英国的デザイン。
まさに[探偵]の隠れ家。
前世で培った美的感覚の集大成。現世にそれを実現出来たことに胸が熱く高鳴る。
成人していたらスコッチ片手に『う~ん、マンダム』と呟くところだ(この世界では12歳から成人認定だが※お酒は20歳になってから)。
「ただいま」──事務所の扉を開く。
「あれ。知らない靴。依頼人でも来てるのかな?」
玄関に高級そうな革靴。
ドラゴネス王国では基本的に家でも土足なのだが、俺の領域を汚されるわけにはいかないため『土足厳禁!』とでかでかと貼り紙をしている。
それをしっかり守っているところを見るに文字が読めて言うことを聞ける善良な人物か、元々土足で家に入らない潔癖症な人物か。どちらにせよ駄菓子屋の店主みたくガサツではないのだろう。
靴を整えて、廊下を進み探偵部屋へ。
「僕を待たせるとは随分と偉くなったじゃないかアルバート。猫を飼っているとはらしくないぞ。寂しくなってしまったか?」
そこには前髪はぱっつんで緑ふちのメガネの男。
肉付きは細く手足は長い。目の下にクマがあり、つり目のせいか威圧感が強い。
俺のことを【アルバ】ではなく【アルバート】と呼んだこの男は俺が実はこの国の第三王子であることを知っている。
【レオルド・ネルフィ・ドラゴネス】──王国第二王子。[職業/軍師]。腹違いの兄である。
俺の帰りを待っていたレオルドは事務所にいた黒猫と戯れていたらしいが……黒猫は威嚇の声を上げながら尻尾と立たせていた。
レオルドは黒猫に触ろうとしたのか右手の指をケガしている。
おい、お前がもしも人間だったら死罪だぞ。頼むからそのまま黒猫でいてくれ。
「久しいな。レオルド」
「『お兄様』と呼べ。愚弟」──メガネをクイッとした。
「え??? レオルド第二王子?」──目を丸めて驚くティファ。同じく黒猫も大人しくなって背筋を伸ばした。
王族の顔を知らない国民は意外にも多い。
そもそも顔を知れるタイミングなんて王族成人式、成人後の魔法学校6年間通学。くらいなものだろうか。
また暗殺や敵国へ情報漏洩を防ぐため王族の姿を記録することは罪とされている。映像記録はもちろん、絵画なども禁止だ。
まあ長男ユリアスと長女フェリーナは人前に出ることが多いのだが。
国民にとっての王族は新聞などで得られる断片的情報の蓄積による想像だったりする。
「とりあえずは座れ。そこの使用人、喉が渇いた。なにか潤うものを用意してくれ」
「は、はい! ただちに」──頭を深く下げ、キッチンへ走っていくティファ。
「【探偵事務所】では俺たちが主人だ。命令するな。それに使用人など雇っていない」
「使用人以外に茶髪の[半妖精]と行動を共にしている理由などないだろ。まさか愛人か? ──……ほどほどにな」──『あ、察し』みたいな顔をするな。
全てを知っていて俺をからかっている。
実際戦術という点で言えば俺よりも頭が回り、この男が一対一で会話をする場合は相手の情報を熟知してから。弱みを握られていると思え。
キッチンから戻って来たティファは人数分のアイスティーを机に置き、俺の隣に座った。
茶化された後だと少し気まずい。
「うん。これがお前が言っていた『紅茶』か」──気に入ったようで小さく頷く。この世界には紅茶はなかった。これは俺の特製品。なのに紅茶だと分かったのは以前俺が話したことを憶えていたのだろう。──「確かに、この味を知っていれば他の飲み物を下位互換と言っていたのも頷ける」
「いける口だな。初めてお前と意見が合ったかもしれん」
「売り出せば国民は度肝を抜く。これは大金の味がするな」
「守銭奴め」──やっぱり気が合わん。──「無駄口はその辺にしてさっさと要件を言え。護衛をひとりも付けていないのを見るに私情での困り事だろう」
「『弟の顔を見たくなった』とは思わないのか?」──「思わん」
「えっと、もしかして。第三王子のアルバを連れ戻しに来たとか?」──小さく手を挙げる。
「まさか。どうして王位継承者が決まってない現状で自分からライバルを復帰させる。……馬鹿なのか?」
「どんなに馬鹿げたことでも『気になったことを口にする』。それが[探偵助手]の才能だ。ただ仕事をしている」
「あぅ……ごめんなさい」──レオルドだけではなく俺の言葉まで刺さったようで落ち込む。
アイスティーを飲み干しレオルドは鞄に入れていた分厚い資料を机に置く。
あまりの重さに木製の机がピシッと鳴った気がする。
「これは?」──「【ドラゴネス魔法学校】の現在全生徒の情報だ」──「なぜ? こんなものを俺に」──「魔法学校に潜入するため」──「敵国のスパイでもいるのか?」
「いや、とある令嬢の行方を調べて欲しい──……しかもその失踪に僕のリリィ……こほんっ……婚約者の【リリーナ・ヴィクトリア伯爵令嬢】が関わっていると噂されている」
「あ、ボクそれ号外で読んだよ。確か『第二王子の婚約者がいじめてたご令嬢が行方不明。人知れず命を経ったか?』って──ごめんなさい。黙ります」──レオルドのひと睨みで固まる。
「なるほど。未来の義姉が容疑者か。だがお前が動けばそんな醜聞なんてどうにでもなるだろ?」
「醜聞の方はな。だが【ダリア嬢】は見付けられん。魔法学校を調べようにも卒業生が行っては、行方不明に関わっている奴らを刺激するだけだ。最も良い駒として、お前を使う」
「そいつはどうも」
「依頼は『醜聞の出所を探し、【ダリア嬢】の発見』。もしもいじめていたという証拠が仮に──仮にでも見付かったら〝もみ消せ〟」
「めちゃくちゃ悪人臭い依頼なんだが」──「報酬はつい最近魔法省に提出された論文『転移/透明化魔法の痕跡の調べ方』の閲覧を許可しよう」──「よし、受ける」




