【半妖精】‐Elf‐
冒険者ランク1が受けられる依頼内容が書かれた紙が掲示されている板を眺める。
【スライムが棲みついた廃墟の掃除】。
【男爵のご令息を1日警護】。
【薬屋『バロメッツ』のための材料集め】。
──など、簡単ながら時間が取られるしつまらなそうな仕事ばかり。
殺人事件の解決、とまでは言わないが少しくらい探偵らしい依頼というものがあっても冒険者組合側が困ることはないと思う。
【探偵事務所】が手に入れば効率よく事件の依頼を受けられるのだが──あいにく持ち金がない。
親……兄弟に支援してもらうのも手だが、家に連れ戻されるに決まっている。
下の兄だけは別か。
奴は俺のことを嫌っていたし、家出の手伝いまでしてくれたのだから。
けれど守銭奴だから難しい。例えば「金を出さなきゃ家に帰ってやる」と脅せば可能性はあるかもしれない。
正直[探偵]の俺が冒険者組合まで訪れて依頼を受けているのは【探偵事務所】が欲しいという目標のためだ。
「ふむ、これなら割と。ミステリーの香りする」
掲示板から依頼用紙をやぶり取ると新しい内容が書かれた用紙が飛んできて掲示板に貼り付く。
最後に受付嬢まで持って行けば正式に受理される仕組みになっている。
先ほどの一件から視線が合うとすぐに顔を伏せられてしまう。
魔力量を鼻で笑ったことへの罪悪感か、単に心を読む能力持ちと思われたか。
「聞いたか、ロナードのやつ【魔法使い狩り】の被害にあったんだってよ。ケガだらけで道端に倒れてたそうだ」
「クソッ、何人目だ? こんなんじゃ夜に出歩けねぇ」
「7……いや10人はくだらんね。命までは取らないらしいが瀕死状態されて、『影のバケモノに襲われた』なんて言ってるらしい」
「その切り裂きヤローって脅威的には依頼ランクどれくらいだろうな?」
「ロナードは魔力量Dの中でもずば抜けてたからな。最高7なら、[食人鬼王]討伐くらいのランク4は行くと思うぜ」
「おっかねぇ。さっさと職業変更しねーと」
昼間だというのに顔を真っ赤にさせて酔っぱらっている冒険者たちが興味深い話をしていた。
[魔法使い]しか狙わない異世界版【切り裂きジャック】。とは作り話にしてもいい見出しである。
「その話、詳しく聞かせてもらおうか」と酒の席に座ろうした時──。
「さっさと消えろ、無能半妖精。はんっ、依頼報酬を分けてもらえるだけ感謝するんだな!」
──不快な話し方をする男の大声で冒険者組合内が静まり返った。
見せつけているのか、冒険者組合のど真ん中で騒ぎを起こしている。
品がない男だが装備品が高価なもののためそれなりにランクの高い冒険者か親の七光りか。
推理するまでもなく後者。
[職業:剣士]。
その横には女が3人。
品がない男の一歩分の距離をとっていて、装備品を見るに職業は全員[魔法使い]。少数パーティーにしては多すぎる。
前衛1・後衛3。
おそらく冒険者としての技量とかではなく男の趣味で揃えられたのだろう。
慰み者か、七光りに寄ってきた虫か。
そして公開処刑のように冒険者パーティーを追放されたのは──華奢な[半妖精]。
押し倒され硬貨が入った巾着袋を投げつけられた。
[半妖精]は基本【精霊の森】で生活している高貴な種族だ。
耳がとがって長い以外は[人間]とほとんど見た目は変らない。美男美女ばかりで不老ということを除けばだが。
金色の髪をした者は魔力量A〜Sランクはあり【妖精王の生き写し】と尊敬されて贅沢な暮らしが出来るそうだ。
しかしあの[半妖精]のように髪が茶色く【妖精のなりそこない】と呼ばれる魔力量が乏しい者は森から追放されると聞く。
つまり追放されるのは初めてのことじゃない。
一度目に比べたら傷は浅いはずだ。
ここは無視して【異世界版切り裂きジャック】の話に戻って良い。
他の冒険者や受付嬢だってそうしているのだから。
「ご、ごめんね。ボクがどんくさいせいで、みんなを危険にさらしちゃって」
「『どんくさい』ってレベル? そもそもあんたさ、こっちは[回復職]って聞いて雇ってんの。分かる? なのに[聖職者]みたいな【回復魔法】が使えないってなに? あんたがしたのは私の傷にくっせぇ液塗って布巻いただけじゃん。害悪すぎん?」──虫一号の証言。
「私なんか見たこともない細いナイフで体切られたんだから。縫いあとだってこの通り残ってる!」──服をたくし上げる虫二号の証言。男冒険者たちの目が若い肌に釘付けになる。
「そんなことよりコイツ、レリック様のこと襲ってたし。ダンジョンに入る前の休憩宿でレリック様を縛り付けて服脱いで誘惑してやがったんだよ! まあ、女の武器はお粗末だったけどさ。スカート短くしてっけどそんな細身じゃ色気もねぇから!」──唯一まともそうな見た目だった虫三号の証言。
「ち、違うっ! ボクはそんなこと」──言い返そうとしたが男に蹴られる。
「まあ、お前たち落ち着けって。こんな使えない[半妖精]の女なんてほっといて、次の依頼受けに行こうぜ」
虫3匹、取り巻きの[魔法使い]たちを説得し、男は何度も転ばされてホコリだらけになっている[半妖精]に背を向ける。
「この[半妖精]、俺の仲間にしてしまうが異論はないか?」──追放イベンドに介入してみた。
「……は?」──めんどくさそうに振り返る男。頭をかいて。──「ああ。勝手にしろよ。落ち込んでる女は攻略楽だからな。けどソイツ、ほんと無能だぜ」
「ほう、お前にはそう見えるのか。可能性の原石だと思うがな」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔された、それから大笑い。
そんなにおかしなことを言っただろうか。
しかも袖を引かれ「大丈夫。慣れてるからこういうの。だから大丈夫。キミまで笑いものにされちゃうから。ごめんね」なんて言われる始末。
「謝っていいのは心から自分に非があると確信している時だけだ。お前は出来うる全身全霊で、奴らに献身したのだろう。ならお前がすることはひとつ。立ち上がって『見る目がなかったな。今に見てろ』と言い返してやるだけじゃないのか」
「はんっ、乙女を魔王から救い出す勇者気取りかよ。くだらねぇ」
「この[半妖精]は男だぞ」
「え???」
追放した4人ならまだしも冒険者ギルドにいる全員が口を大きく開けて固まった。