【賭事】‐Gamble‐
──【プロローグ】の数日前──
「ノラちゃんにお菓子買って帰ろう。きっと喜ぶよ」
茶髪の華奢な[半妖精]──ティファは駄菓子屋の前で立ち止まる。
今日の目的は薬屋『バロメッツ』に依頼された薬草を集めて届けること。決して【探偵事務所】でぐーたらしている[猫亜人]の幼女──ノラのお土産を買って帰ることではない。
だから聞かなかったことにする。
「アルバ。いじわるしないで」──袖を引っ張られる。
「褒美には成果が必要。あの幼女は最近たるんでいる。事件ひとつ持ってこないし」
「でもいるだけで癒されてるでしょ? それだけでもかなりの功績だと思うけど」
上目遣いで訴えてくる。
ここまで必死だと『お前が甘いものを欲しているのでは?』と邪推してしまう。
そもそも可愛さを武器にしているが、この[半妖精]は〝だが男だ〟である。
雇われ冒険者をするために声がかけられやすい服装をしているとばかり思っていたが、その必要性がなくなった今でも変わらない身なりをしているところを見るにそんな深い意味はないのかもしれない。
「お。[探偵]のダンナじゃねぇか! とうとう甘いもんの虜でもなったのか」
……駄菓子屋の店主に見つかった。
ガタイがよくボディビルダーみたいなおっさん。
【探偵事務所】が出来たすぐの依頼者で、それからすごく馴れ馴れしい。
依頼内容は『子供が喜ぶ新しい駄菓子の構想』だった。──断わりたかったが事務所を建てたばかりで懐が寂しかったため渋々受けざる負えなかった。
「紅茶ばっかりで食べ物に全然興味を示さないんだよ」
「そいつは困ったな。食は人生の花だぜダンナ。それにしてもティファちゃんは今日も可愛いねぇ! ティファちゃんが出してくれた駄菓子案【元気もりもりラムネ】の売れ行きも上々ッ! ……駄菓子屋のお嫁さんとか興味ない?」
「いや、うーん……でもお菓子食べ放題なのはなかなかに」
「迷うな迷うな」──駄菓子に釣られそうになっているティファの頭にチョップをかます。「あぅ」と力が抜ける声が漏れた。
ライバルを値踏みするかのようにこちらに視線を向ける駄菓子屋の店主。
違う。──ただの[探偵]とその[助手]という関係である。
勘違いされては困る。
「良いだろう! ダンナとはいずれ決着を着けなければいけねぇと思ってたとこなんだ。ティファちゃんとの幸せな未来を懸けて勝負といこうじゃねぇか!」
「なにも良くない。勝手に話を進めるな」
「えっと。ボク、景品にされちゃってる?」
「勝負内容は簡単だ。コイントス! どちらの手にコインがあるかダンナに当ててもらう」
「ほう。だが残念だな。それじゃ明らかに俺の方が有利だ。声の震え、視線、動作で簡単に推理出来てしまうぞ? 勝負したいなら駆け引きのない完全な運ゲーを持ってこい」
「ちっちっち。甘いぜダンナ」──人差し指を立てて横に振る、それだけでも少し腹が立つのに「駄菓子よりも甘い」なんて寒いセリフまで飛び出た。──「新人!」──店主が手を叩く。
駄菓子屋の奥から若い店員が出てきて店主の横に。
「コイツの種族は[獏]だ。記憶を奪うことを得意とする」
[獏]。
──見た目はほとんど[人間種]と変わりはないのだが肌がパンダのように白黒のまだら模様になっている。
種族全体的に【記憶魔法】を得意としており、この世界のことわざに『良いことあったら酒を飲み、嫌なことあったら[獏]に会え』とあるくらいに代表的な種族とされている。
問題は駄菓子屋の店主がこの若い店員──[獏]を勝負の前になぜ呼んだのか。
もしコイントスで負けても、俺たちの記憶を操作して勝ったことにするとか? なかなかにズル賢い。
説明をもらうことなくコインが宙を舞う。
それから落下する寸前に。
「さあ、記憶を消せぇい!!!」──「【記憶食い】」
魔法を詠唱すると店主の頭から糸のようなものが出てきて──若い店員の口へと入って行く。
ぱくりと。記憶を食べた。
「コインはどっちの手だ!?」
バカだなぁ。このおっさん。
どちらで掴んだか、記憶を消して駆け引きの要素をなくした。──と思い込んでいる。
自分自身もどっちの手にあるかわからないから無意識の手をふにふにと動かしているが「ん?……んん???」という顔をする。
呆れを超えて思わず笑ってしまった。
「ふ。……若い店員のほうの右手だ」
店主は『どちらの手にコインがあるか』としか言っていないためルール違反ではない。
だが店主の顔芸のせいで全て台無しである。
『策士、策に溺れる』というか、それ以前の問題というか。
若い店員が右手を開くとコイン。
「なんだと!?」──最も驚いているのはこのイカサマを考えたはずの店主。
「俺の勝ちだな。付き合ってられるか」
「くっ。やはりダンナもティファちゃんに惚れてんのか」──「おい」
『お前もなにか弁解しろ』と視線を向けるが、困り顔で微笑むばかり。
このままでは『想い人を他の男に譲りたくない必死な男』みたいな構図のまま終わってしまう。
「いいか。夢を壊すようだが、ティファは〝男〟だ」
「ダンナ。照れ隠しでもそんな嘘はいけねぇよ。こんな可愛い女の子にオレは会ったことがねぇ。ティファちゃんが〝男〟なら、全人類が〝男〟だ」
とりあえず全人類に謝れ。
「と言っても年頃の男子に好きな子を聞くのは野暮だな。なら仕方ねぇ、景品はこの……『キャンディ詰め合わせ』を持ってけ泥棒! 買うなら100ドラネスだぞぅ」
日本円で約800円くらい。
このおっさんは800円程度でティファを嫁にもらうつもりだったわけだ。
色鮮やかなキャンディが子供の頭ひとつ分くらいの瓶にみっちり入っている。駄菓子に800円は少し高い気がして普段なら絶対買わないが、くれるならありがたくもらう。
「あまりさっきみたいな事はするなよ」
「……というと?」
「分かっていると思うが[獏]に【記憶魔法】をかけられるとマーキングみたく身体のどこかに模様が出来る。使いすぎると身体中模様だらけになるぞ」
「へ???」──顔色が青ざめる。急いで服を脱ぎだし、すぐにパンイチになった。
店主の身体に5つほど動物のバクのような模様。
え、どうしよ。みたいな顔でこちらを見てきたが、関わりたくないからティファの腕を引き退散する。
駄菓子屋から悲鳴が聞こえたが……自業自得だ。
むしろ悪化する前に教えたのだから感謝して欲しい。




