【開幕】‐Prologue‐
私。──王国第二王女【イルミア・メティシア・ドラゴネス】は実の兄の顔を知らない。
物心つく前に亡くなっている。というわけではない。
──兄アルバートは私の成人式の前日に王位継承権と家族を捨てて、姿をくらました。
[龍]と【戦乙女】の末裔であるドラゴネスの王族は成人と見なされる12歳まで家族と顔を合わせることはない。──それまでに礼儀作法・魔法訓練・国をどうやって治めるかを学び。10歳には婚約者選び。周りには使用人のみで王城とは別の屋敷にて暮らす。
王族として[龍]のような孤高の強さを持てなんて理由だけど。
しょーもないし、古臭いから私は嫌いだった。
ようやく家族の顔を知る大切な成人式の前日に、兄は私を捨てたのである。
……まあ、そんなクソ野郎の顔なんてどうでも良い。腹違いとは言えど兄はふたり、姉がひとりいた。
うざったいくらい可愛がられたから、年上の兄妹への飢えはまったくない。
一番の問題は──【初恋の相手】の顔さえ忘れているということだ。
王族の風習で屋敷に閉じ込められていた時に出会った男の子。
迷い込んだのか、忍び込んだのか、たまに私が退屈していると遊びに来てくれた。
遊ぶと言ってもままごとや庭を走り回るとかではなくて──『推理ゲーム』というもの。
魔法を使用せず起こった殺人事件を[探偵]なる職業に私がなって解き明かす。
被害者・容疑者はぬいぐるみで代用する。
彼との会話は退屈な毎日に彩りを与えてくれた。
彼の話す物語に心を踊らせ、わくわくした。
彼の名前は──……■■■。
思い出そうとすると記憶に靄がかかって、頭痛がする。
……忘れているのは顔だけじゃないらしい。
成人式の日から一度も会いに来てくれないし、もしかしたら【空想の友達】だったのかもしれない。
それほど退屈だったし、他人との繋がりに飢えていたのだろう。
そんな架空の人物を今でも慕っている私はどうしようもないほど愚かだ。
しかも『初恋の相手を待つ』なんて恋愛小説のような理由で婚約破棄までした。
あれから2年が経ち、14歳。ドラゴネス魔法学校3年生。
──ようやく悟った。籠から飛び立った鳥は、もう帰っては来ない。
兄のことはすぐに諦めたくせに、どうしてあの男の子だけはいつか迎えに来てくれるなんて甘い考えを持ち続けていたのだろうか。
そもそも私に【白馬の王子様】なんて不似合いじゃないか。
私は自分が一番好きだし、自分だけが味方であればどうでも良い。
他はただの家来だ。
職業[召喚師]ということもあってか他人を従わせることに長けていた。
従順に、私の言うことだけ従っていればいい。
退屈だけど、それが人生だ。
「イルミア。このキャンディに見覚えはあるか?」
──だというのに、身分も弁えない男がひとり。
学校の中庭テラスで昼食中に突然と現れて、荒い手つきで机を叩く。
御側付きの同級生ふたりが止めに入ろうとしたが右手を挙げ、『待機』を命令する。
包装されたキャンディを見せつけられる。──全然綺麗じゃないし欲しいとも思わない。どう見たって安物。
「まずこの国の第二王女に対して礼儀がなってない。それに、魔力なしと話す口を持っていないし」
この男は2学年上の学年の転入生。
魔力なしでもこの魔法学校に入れたのは、噂を聞くにレオルドお兄様の知り合いの友人(?)らしく。同盟国の貴族の息子とのこと。
名前は確か……【アルバ】。金髪のくせ毛。自信過剰で腹立つ顔をしている。
一歩分後ろにはメイド服姿の[半妖精]。
美形の種族だからか顔は整っているが茶髪。
確か[半妖精族]では茶髪は【妖精のなりそこない】と呼ばれ魔力貧困個体として【精霊の森】から追放される。──つまり行く当てがないから奴隷としてこの男に飼われているのだろう。
「口がないなら目で返事をしろ。このキャンディを知っているのか、知らないのか」
意地でも瞼を閉じず、男を睨み付ける。
どうしてここまで必死なのだろうか、まるで私がこのキャンディの事を知っていたら困るような様子。
なら困らせてやろう。
「もし、知っているとした──はぅ!?」──頬を掴まれ口がとんがる。間違いなく可愛くない顔をしている。
「ただお前に、幻滅する」
一体なんなんだ。親しくもないし、身分だって全然違うのに呼び捨てするし『お前』呼ばわり。
挙句の果てには顔面崩壊させられている。
「触るなし」──手を叩き落とす。頬がひりひりした。
「【ダリア嬢】は無事なんだろうな?」
「は? 誰それ」
「お前の兄の婚約者の親友だ」
「ほぼ他人じゃん! そもそもレオルドお兄様の婚約者にも興味ないし、リリーナだっけ? 魔力量Dランクのくせに王族の仲間入りしようとしてる身の程知らず。あー、そういや【ダリア嬢】って行方不明になった上級生か。結構経ってるし、死んだんじゃないの?」
机に置かれた高級料理の数々が宙を舞う。
男が蹴り上げて机をひっくり返したのだ。
それから私に平手打ちをするべく右腕を振り上げ──。
「ちょっ!? 暴力はダメだよ!」
「止めるなティファ。性根を叩き直さねば気が済まん」
「いや、結構似てるから! 相手を怒らすとことか!!」
──[半妖精]のメイドが抱きついて止めに入った。
しかも主人であるはずの男に容赦ない言葉を浴びせている。そういうプレイ?
口論の末、説得されたのかため息をひとつ。
「このキャンディには絶対関わるな。これは犠牲の上に成り立っている〝快楽〟だ。──もし関わっているのならお前であっても魔法省に突き出す」
捨てセリフを吐き、去っていく。
[半妖精]はペコリと頭を下げて男を追いかけて行った。
ついていけない話題で問い詰められ、私は現在高級料理を全身に被っている。
もうぐしゃぐしゃだ。制服にだって臭いがついてしまう。
「い、イルミア様。お怪我は?」──「すぐに着替えを持ってきます!」──「とりあえず汚れを落としませんと!」──御側付きの同級生ふたりが顔色悪くして慌てている。
「アルバ──……! 嫌な奴。嫌な奴。嫌な奴ッ! 絶対に許してやるもんか!!!」
憶えていなさい。必ず後悔させてやる。
このイルミア・メティシア・ドラゴネス。こんなにも他人に腹が立ったのは初めてのことである。




