【閉幕】‐Epilogue‐
伯爵令嬢【リリーナ・ヴィクトリア】はドラゴネス王国第二王子レオルド・ネルフィ・ドラゴネスの婚約者だ。
魔法学校高等部6年生、17歳。
おっとりとした顔、緑色の髪と瞳、身長はそれほどないがたわわな胸のおかげか存在感がある。
魔力量はDランクの植物属性。
職業は[聖職者]。
そんな彼女は現在、レオルドの職場として使用している屋敷に来ている。
ドラゴネスの王族は12歳まで家族とは別に屋敷に住み込むのだが、レオルドは現在でもそこを使用しており書類仕事をこなしている。
彼は[軍師]のため他国と戦争になるとすぐに駆り出される。
軍事訓練などは戦闘狂のユリアス第一王子が行っているが、予算管理などは全てレオルドに回ってくる。
しかも魔法省の管理者を任されるはずだったアルバート第三王子が姿を消してから、レオルドが代理を勤めている。
リリーナは婚約者が過労死してしまわないかいつも心配だ。
しかし訪ねても毎回『忙しい』と会ってはくれない。
もし会えたとしても顔を合わせず、適当な相槌を打つだけ。『コイツとは価値観があわんな』とでも思われているのかもしれない。
──やはり嫌われているのだろうか?
10歳の頃、多くの婚約者候補から消去法で選んだ令嬢に興味はないのかも。
リリーナはこんなにもレオルドのことを想っているというのに。
そんな彼が初めて呼び出しの手紙を寄越した。──【大事な話がある】としたためて。
1年後まで近づいた結婚式の準備の件であってほしいが、おそらく違う。
呼ばれる理由に見当はついていた──……。
「貴方様のリリーナでございます」──書類を片付ける部屋をノックする。敬愛を込めて4回。
「入れ」──棘のある声。
扉を開くと、目の下にクマを作った婚約者レオルド。
前髪はぱっつんで緑ふちのメガネをしている。肉付きは細く手足は長い。つり目のせいか威圧感が強い。
部屋は書類の山で唯一ソファーにだけ小さな空間が作られていた。
まるで『そこに座れ』と無言の圧力である。──机には果物ジュースと高級店のクッキー。
「なぜ呼ばれたか、分かっているな?」
「はい。【ダリア嬢】のこと……ですね」
「……ああ。行方知らずのご令嬢を君がいじめていたと噂が流れている件だ。【君のいじめに耐えかね、人目のない場所で身投げした】と号外に書かれている」
「まったくのウソ。醜聞です」
「有力証言まで出ているそうじゃないか」──力を入れ過ぎたのか使っていたペンを折ってしまうレオルド。
怒るのも無理はない。
ただでさえ忙しい身。美男子が台無しなほどに顔がやつれてしまっている。
そのうえ婚約者がトラブルを持ち込んで来たのだ。
「それは私のほうでなんとかします。レオルド様は気になさらず」
「容疑をかけられている人間が動いても空回るだけだ。君はなにもせず、僕の言う通りにしてくれ」
「──ですがこんな事でお手間を取らせるわけには!」
「『こんな事』」──強く机を叩く。書類の山が崩れそうになったがレオルドが魔法で戻した。──「王位継承者が決まっていない現状で婚約者が不祥事を起こしたと噂されているのだぞ」
「も、申し訳ございません! 理解の浅い言動をしてしまいました」──立ち上がり深々と頭を下げる。
ただ知ってほしい、いじめなんてしていない。
むしろ親友と言ってもいいくらいに仲が良い。
彼女が行方不明になった時は人探しを得意とする冒険者を数十人雇って探してもらった。
続けているのに全く手掛かりがないのだ。……こんな時に限って頼れる義弟はいないし。
覚えのない噂話が広まって一番戸惑っているのはこのリリーナ・ヴィクトリアである。
「ダリア嬢が無事に見付かり、無実が証明出来た暁には責任を取らせていただきます。……どうか婚約破棄を」
「………………それは早計すぎるのでは?」
ここに来て初めてレオルドはちゃんと視線を合わせる。
ようやく役立たずな婚約者を厄介払い出来そうで嬉しいのかもしれない。
そう考えたら涙目になりそうだったがなんとか我慢した。
「ヴィクトリア家の女として、退き際はわきまえているつもりです」
「ふぉ、他に責任の取り方などいくらでもあるだろう? 結婚式は近い。国民だって心待ちにしているはずだ。君に掛けられた容疑さえ晴れれば僕はなんにも気にしない」
「やはりレオルド様は、お優しい」
気を使ってくれるのは嬉しいが、今のリリーナには逆効果なのだ。
ご令嬢らしく可憐に微笑み。震える足をドレスに隠しながら部屋を出る。
「最後に──お身体を大事に。根を詰めすぎては美男子が台無しですよ」──屋敷から急いで飛び出し、伯爵家の馬車の中で瞳が真っ赤になるくらい泣いた。
──……ぽつんと取り残されるレオルド第二王子。
白目をむいて書類に顔を埋める。
たまに疲れすぎて書類にダイブしてしまうことはあるが、これは違う。
「どうして僕はいつもこうなんだ。リリィの前となると緊張してうまく話せない。今回だって結婚式のドレス選びに呼んだのに。正直、行方不明のご令嬢のことは気にしていなかった。まあ、醜聞に踊らされる国民には腹が立つが! 僕のリリィが他人を傷付けるわけないだろうが。天使だぞ。……そんな彼女を泣かせてしまったのだな。戦略となれば負けなしなのに、恋となると本当にダメじゃないか。絶対に嫌われた。そもそも好かれているのかも分からないのに。ああ、ごめんよリリィ」
王位継承者が決まっていないからピリピリしているのは確かだ。
しかし全てリリーナを喜ばせるため。
あの天使の夫になるためには国王にでもならんと格好がつかない。
婚約破棄なんてお断りである。
どんな手段を使っても阻止してみせる。
「癪だが、愚弟に協力してもらうか」──メガネをクイッとした。
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