【取引】‐Negotiate‐
■探偵組
【アルバ】本作の主人公。職業:探偵。
【ティファ】新米の助手。職業:医者。
【ノラ】依頼人の幼女。
■黒幕組
【ガノールフ】元王宮魔法使いの老人。★
【バアル】上級悪魔。ノラの父親に取り憑く。
■戦闘不能組
【レリック】品がない冒険者。職業:剣士。
【アン/ドゥ/トロワ】レリックの取り巻き娘。職業:魔法使い。
【アルバート・メティシア・ドラゴネス】。
日本で探偵として生きた俺は、ドラゴネス王国の第三王子に転生した。
暮らしはもちろん、魔力にも恵まれた。
【神種領域ランク】──女神しか存在しない世界で違和感がある呼び方だが、神にだって成り代われるほどの常識から逸脱した存在。
そんな膨大な魔力を持って生まれた俺は──すべてに絶望した。
[探偵]は生き様であり、人生の指針だ。
先人たちのようにハードボイルドに依頼をこなしていくことが何物にも代えがたい幸福。
異世界だろうとそれは変らない。
けれどもこんな膨大な魔力はダメだ。
正直Cランク程度までなら『科学などで再現出来ることの最短効率化』と説明できないこともない。
明りを灯したり、物を作ったり、好きな場所に移動したり。
この程度ならば、まだミステリー小説なりうるのだと思う。
それに比べて【神種領域ランク】──……。
『死者を生き返らせる』以外ならば思い浮かべてしまえばなんだって出来る。
[探偵]の真似事をし、推理を鼻高々に語ろうと『貴方だって魔法を使えば犯行を行えましたよね?』なんて言われてしまえば反論は難しい。
だから異世界なんて嫌いだった。
生き様の弊害になる魔法が嫌いだった。
そんなある日のこと、絶滅したモンスターの化石を発掘することを趣味にしている変わった公爵令嬢から指輪をもらった。
──魔法完全無効の特性を持つ[魔封石龍]の化石から作られた指輪。
「貴方のなりたいものを目指してください」──泥だらけの顔で令嬢は微笑む。
左手薬指にはめて欲しそうだったが、右手の人差し指にはめる。
人差し指は[探偵]にとって最も大切な指だ。犯人の名を呼ぶときとか。
こうして俺は──(指輪をしている限り)──魔力を手放した。
城から飛び出し、【アルバ】と名前を変え[探偵]として生きていく。指輪を絶対外さないと心に誓う。
恩師である令嬢、別れの言葉は『外で浮気しようものなら普通に■■■を■■します』だった──……。
──そして今に至る。
[医者]の助手を得て、依頼、謎、黒幕。──と流れはとても良い事件。
問題は冒険者の群れから魔力を供給している魔王。現状ではあれに勝てるわけがない。
ノラの魔法、影の道を進みながら考える。
無意識に右手に視線が行った──誓ったはずだ。
外した瞬間、この世界での[探偵]の存在意義が消えてしまう。
そもそも石化していて外せないではないか。
「……本当に厄介だ。異世界で[探偵]として生きていくのは」
影がここで止まっている。
おそらくノラが定めた目的地点なのだろう。
一歩踏み出すと元の空間に戻った。──後ろには戦闘しているノラとガノールフ。目の前には魔王の椅子に腰かけた【バアル】。
「オレを直視するとは無礼じゃあないか? 【跪け】」
「────っ!?」
身体が急に重くなりその場にうずくまる。
「ガノールフから話を聞いているぞ。ドラゴネスの王子らしいな。探偵小僧」──椅子から立ち上がり、こちらへ。──「それも【最強の魔法使い】だと」
「頼みがある」
「……なんだ急に」
「ウガリット神話の主神バアル。──アクハトのようにその器の主を生き返らせることは可能だろうか?」
身体が押し付けられているからバアルの表情は確認出来ないが、面白そうに笑った気がした。
それから考え込むような唸りをあげて。
「代償はあるんだろうな? ……あの[半妖精]の小娘とかはどうだ。魔力量は残念だがなかなかの上物だ。我が妻の器にするのもアリだな」
「もっと良いものだ」
「ククッ、小僧に女を抱く以上の報酬を用意出来るとは思えんが」
バアルと目が合ったのか遠くにいるティファの「ひぃっ!?」という恐怖の叫びが聞こえた。
かなり気に入ったのか意思は固いご様子。
「俺の魔力を全部くれてやる」
「──……面白い」
俺の身体を押さえ付けていた重力が消える。
重力に逆らうのに体力を使ってしまったせいで生まれたての小鹿のように立ち上がった。
「まずは【契約】だ。今の言葉に噓がないことを誓え」
[悪魔]特有の【契約魔法】。
取引などで使われることが多く。契約に背いた場合、強力な呪いが発動される。
【アルバート・メティシア・ドラゴネスはバアル・ゼブルに魔力を譲ることを了承する】──宙に浮かぶ羊皮紙が目の前に現れた。
左手の親指を噛み、朱印のように羊皮紙に押し付ける。
「契約成立」──バアルは俺の右手に触れた。ガノールフの魔法によって石化した部位が全て元通りになっていく。
指輪を外し、仲直りの握手──ではなく【魔力吸収】。
腕を通して魔力がバアルへと流れていくのを感じる。
「こりゃあ良い。凄まじい魔力量だ。ガノールフがちまちまと集めていた魔力タンクの比じゃあない。……初めから小僧ひとりで事足りたな」
徐々に元来の姿に変わっていく。
人間の見た目から[悪魔]そのものに。
AからSへ、SからSSへ──たちまち【神種領域ランク】へと到達する。
「久しい……この全能感。全てが手中にあるような高揚」
「さあ、ノラの父親を生き返らせろ」
「悪いが、それは無理だ。アクハトはオレの信者で、兄が管理していた死の世界にいるのであれば干渉出来た。だが器の主がいるのは女神が作り出したこの世界の【地獄】だからな。ざ・ん・ね・ん・で・し・たっ」
バアルが空いている左手で指パッチンをすると羊皮紙が燃えた。
【魔力を譲る】という条件は達成されているため不正ではない、【死者を生き返らせる】と書いてなかった時点でこちらの不手際だ。
「そもそも死者が蘇っては[探偵]の立つ瀬がないじゃあないか」
「その通りだな。死者は生き返らない。当然の摂理だ」──まさか[悪魔]に気付かされるなんて。
魔力を流す。流す。──流し続ける。
バアルのひたいから汗。『いつまで続けている? もう十分だ』とでも言いたげにこちらを睨む。
流す。流す。──流し続ける。
「まだ魔力が残っているとは驚きだ」
流す。流す。──流し続ける。
「だがもう良い。……手を離せ」
流す。流す。──流し続ける。
「離せと言っているのが聞こえんのかッ!?」
流す。流す。──バアルは右手を切り落として後方へ飛ぶ。
置いて行かれた右手は魔力の許容量の限界値を超え、光の粒子のようになって消えた。
「神のくせに魔力容量が少ないんじゃないか? ほら、まだこんなにも残っているぞ」──魔力を濃くして認識しやすいようにする。バアルに譲渡したのはたったの1割程度。
「──……化物めッ!!!」
「失礼だな。同じ【神種領域ランク】同士仲良くしよう」
ようやくこの規格外の魔力を捨てられると思ったのだが、当分付き合っていく必要がありそうだ。




