【悪魔】‐Demon‐
■落下組
【アルバ】本作の主人公。職業:探偵。
【ティファ】新米の助手。職業:医者。
【ノラ】依頼人の幼女。
【レリック】品がない冒険者。職業:剣士。
■不明組
【ガノールフ】元王宮魔法使いの老人。★
【アン/ドゥ/トロワ】レリックの取り巻き娘。職業:魔法使い。
ぶるぶるぶるっ。──ノラはしっかり拭かなかったのか身体を振ると雫が飛び散る。
「ええい! 逃げるなっ!」
「ふぎゃっ」──猫の尻尾を引っ張り、タオルで頭をぐしゃぐしゃと勢いよく拭く。
逃げようとするから押し付けて動けないようにするが、左手だけではうまく捕まえられない。
尻尾を叩き付けられる。しかしモフモフっとしているから痛みはない。
「自然に乾くから良いの!パパだってそうしてたもん」
「父親は野生児なのか? 頭皮が痛むだろう。困るのはお前なんだぞ」
なんとか説得して動き回っていた幼女を大人しくさせることが出来た。
相変わらず唇をとんがらせて不機嫌ではあるけど。
「お兄ちゃんみたいだね」──微笑ましくこちらを眺めるティファ。笑ってないでお前も手伝え。
「こんな自信過剰なお兄ちゃん、やーなの」
「俺だって連続切り裂き魔な妹はごめんだ──なっ」──腹を蹴られる。
そもそも相手が誰だろうと『兄』を名乗るなんておこがましくて出来ない。
俺の家にはおかしな風習があって、成人とされる12歳になるまで別館で生活し、兄弟はおろか両親の顔も知らずに育つのだ。
そして俺は妹の成人式の前日に家出をするような妹不幸な男である。
──……つまり妹は兄である俺の顔を知らない。
まあ、腹違いの兄弟たちがとことん甘やかすだろうから『ダメ兄』の存在なんて忘れているとは思う。
……流石に名前くらいは憶えてくれているだろうか?
「アルバが遠い目をしてるの」
「大丈夫? 湯あたりしちゃったかな」──おでこに触れ、水分補給を促すティファ。
「いつまでイチャコラしてやがんだ。さっさと行くぞ!」──しびれを切らしたレリックが舌打ち混じりに怒鳴った。
余裕がない奴だな。──とも思ったが、取り巻き3人がガノールフとともに行方が分からない(行方不明なのは崖下に落ちた俺たちかもしれないが)。不安で余裕がないのは当然だろう。
レリックを先頭に進んでいく。
やはり、というか残念なことながら下の階層へと続く階段。
しかも入口には怪しげな石像が2体置かれている。不格好だがおそらくはウガリットの主神とその妻だろう。
髪をぼさぼさにしたノラに視線を向け──「引き返すなら今だぞ。なんならここで待っていても良い」
「なにを今更。この時の為に、無実な人をたくさん傷付けてきたの」
この幼女の決意は固い。
同時に階段を降り始めた。
1段1段着実に。
ひとつ。──「お前の父親はこの地下迷宮で行方不明になったとされた」
ふたつ。──「しかし地下迷宮では冒険者の死亡率はかなり低い。だからお前は攻略後、外で殺害されたと推理した」
みっつ。──「だが地下迷宮で命を落とす可能性がないとは言えない。ナイフの毒が良い例だ」
[悪精霊花]の根の毒による[悪精霊症]化──……冒険者がモンスターに変化した場合、その冒険者は永遠に地下迷宮に囚われる。
よっつ。──「【魔法使いの地下工房】は公に出来ない魔法研究または悪魔崇拝をするために作られることが多い」
いつつ。──「[悪魔]の召喚には魔法書ではなく、器になる生贄が必要だ」
進むごとに皆が意味を理解し顔が険しくなっていく。
足取りも遅くなったがすぐにボスモンスターがいると思われる階層の扉の前へと辿り着いた。
禍々しく巨大な扉。
「その先に救いがなくとも、扉を開けるか?」
幼女には酷だろうか。
掘り起こす真実はいつだって救いのない手遅れな事象。──[探偵]はそれを被害者家族に見せ付ける。
だが知りたくないのなら見なくていい。逃げてしまえば楽だろう。
けれどこちらを除くノラの瞳は『知りたい』と言っている。
どんなに残酷な真実だろうと知らなければならないと。
「ノラからパパを奪った全てに報いを受けさせる義務があるの」
「はは、気に入った。とことん付き合ってやる」
4人係りで扉を押し開ける。
──そこは聖剣の勇者の物語に出てくるような魔王の間。
人間の骨の様な装飾がなされ、黒く燃える炎が冒険者の行く先を照らす。──先の王座にはまさしく【魔王】。
妻を侍らすように何十もの冒険者が足元に。
「アン! ドゥ! トロワ!」──フランス語で数えているわけではない。レリックの仲間が群れの中にいた。
頬を赤らめ、なにかをねだるように魔王の身体を触れようとしている。
これはおそらく【魔力吸収】だろう。
[ロートスの木]の果実や[淫魔]が得意とする魔法で、相手の精気と魔力を奪うことが出来る。
ならばこの冒険者の群れは魔力のタンクだ。
「俺の仲間から離れやがれ! バケモ──ッ」
レリックは吹き飛ばされ、壁に強く叩き付けられた。致命傷ではないが吐血とともに気絶する。
触れてはいない。
魔王がデコピンをする素振りをしただけで。
「──……パパ」
震えた足で後ずさりするノラ。
信じられない──と首を振って。
【魔王】。
巨大な角と頭蓋骨模様の翅。装備はいくつもの人骨で作られていそうな杖。
筋肉隆々で野性味のある肉体。ノラと同じ黒髪。
昔会ったことのある男と似ている。
──……なるほど。繋がってしまった。
「よっ! 久しぶりじゃねえか。探偵小僧」── 魔王はビシッと手を挙げる。
「[悪魔]は器の記憶を覗けると聞く。けれど所詮は憑き物だ。人間の真似事はやめろ。──【バアル・ゼブブ】」
「【バアル・ゼブル】だ。愚か者」
この事件の真相。──〝ノラの父親である[魔法使い]ヴィドックは地下迷宮の最下層にて、[悪魔]の器にされ憑き殺された〟。




