【温泉】‐Hot Spring‐
■落下組
【アルバ】本作の主人公。職業:探偵。
【ティファ】新米の助手。職業:医者。
【ノラ】依頼人の幼女。
【レリック】品がない冒険者。職業:剣士。
■不明組
【ガノールフ】元王宮魔法使いの老人。
【アン/ドゥ/トロワ】レリックの取り巻き娘。職業:魔法使い。
一段落したら視野が広くなった。
この崖下は元々上に階層があったものを無理矢理くりぬいて作られたのではないだろうか?
何と言ったら良いのか……不自然な空洞なのだ。もし2階層分が1階層と認識されているのだとしても、モンスターが配置されていない疑問が残ってしまう。
地下迷宮はある程度の『破壊』なら修復がなされるが、意図的に空洞が作られた場合──新しい階層などに識別され設計変更やモンスター配置がなされる。
【魔法使いの地下工房】を作る時はモンスターが現れないように魔法加工を施すものだが、大抵は貴族の寝室ひとつ分の面積。しかも月一くらいメンテナンスしないとモンスターが沸く。
──と言っても製作者は隠し扉や暗号を解くことによって現れる岩の橋などと凝り性な奴だ。
この空間全てに画期的な魔法加工がされていてもおかしくない──……。
「わあ! アルバ見て見て。温泉だよ」
どうにか戻る道はないかと奥に進んだ先で見付けたもの。
──[やすらぎの泉]──致命傷ですら治してしまう神秘的に輝く緑の泉。ここのは温泉仕様らしい。ふくれっ面だろうと肩まで浸かれば「あふぅ」なんて力が抜ける吐息が漏れることだろう。
いつだって嫌な予感は全て的中する──……。
「皆ボロボロだからな、少し休むか」
勢いよく上着を脱ぎ捨てる。
元々温泉の国育ちということもあってか湯に浸かるのは好きだ。
正直とある魔法使いに騙されて落ちた崖下でなければ神の恵みとでも思う。
「ちょっ!? 急に脱がないでよ」──動揺するティファ。
「別に構わんだろ。ここには男と子供しかいないのだから」
「良くないよ! ノラちゃんの教育上良くない!」
「ノラは別に、パパので見慣れてるから大丈夫」──「そ、そういうこと他所で言っちゃダメだよ」──「……?」
そんな会話をまともに聞いていたら身体が冷えてしまう。
無視して湯に浸かろう。
腰のベルトを外しズボンを──脱ごうとしたところでティファに止められる。
「タオル。とりあえずタオル巻いて」
リュックサックから人数分のタオルが出てきた。
本当になんでも入ってるぞ、未来のひみつ道具か。
腰にタオルを巻いて、右足から始まり少しずつ[やすらぎの泉(温泉仕様)]に入っていく。
「あふぅ」──なんて力が抜ける吐息が漏れた。
それからレリックとティファの「あふぅ」が続く。
ティファは胸部まで隠して、タオルの巻き方まで女性的。
「入らないのか?」──ずっとこちらを眺めるだけのノラに問いかける。
「……敵を回復させて良いの? 入った後にまた襲うかもしれないのに」
実際、また暴れ出したら俺たちにはもう止める手がない。
しかも拘束しようにも縄がないから自由にさせている。
「俺たちを信用する価値がないと思ったのなら好きにしろ」
──だが心配はないだろう。
『目的』を与えたし、そもそも俺たちには敵意がない。
釈然としない顔を浮かべられた。
なぜ自分を罰しないのか。とでも言いたげに。
【魔法使い狩り】として多くを傷付けてきた罪人だが動機は同情の余地があるし、ノラは未成年。本人が反省しているならわざわざ魔法省に突き出す必要もないだろう。
ポアロ先生だって事件の真実を隠蔽しているし、これくらいは許容範囲のはずだ。
ノラは岩の陰に隠れてタオルを巻き、温泉の端っこにちょこんと収まる。
熱さに弱いのかすぐに顔が真っ赤になり、お湯から出て身体を冷ます。それを何度も繰り返す。
俺は右腕を確認する。──やはり石化は解けていない。
落下時の擦り傷などは治っているから単に傷とは認識されていないのだろう。
諦めて、肩まで浸かる。
……レリックは意外と黙浴派らしい。
というよりもティファに視線が行きそうになっているのを意地でも我慢しているようにも見える。
奴もこの[半妖精]の性別が気になってしょうがないのかもしれない。
当の本人は熱くなったのか足だけ湯に浸かっている状態。
──性別が分からないのは衣服のせいかとも思っていたが、脱いでも判別は難しい。
濡れたタオルで身体の線がよく見えている。仕草はもちろん、色気のある曲線。細いのにヒップだけが大きい。
「アルバ?」
凝視するつもりはなかったが、(最後は〝あれ〟を確認するしか……)と熟考していたところティファの声。
「あ、いや。大したことではないんだ」
「頑張ったもんね。疲れてるんだよ」──優しく微笑みかけられる。少し罪悪感が芽生えた。
「ああ、間違いない。疲れている」──だから迷走する。いつもの冷静沈着な[探偵]に戻らなくては。
[やすらぎの泉]は回復地点である。
モンスターがいないのもそれが理由だろう。
傷はもちろん、魔力の回復までしてくれる。しかも体感的にかなり上質なものだ。
温泉の湯気がオーラに変わり、ティファたちの身体に入って行くのが見えた。
「でもなんでこんなところに温泉があるんだろう?」
「たくっ。雇われ冒険者っていっても無知すぎんじゃねぇか。考えてねぇだけかもな」
「そういうお前は理解出来ているのか? 今がどういう状況か」
「たりめぇだろ。冒険者にとって[やすらぎの泉]はありがてぇもんだが、逆に言やぁこの先は地獄だぞって合図だ」
4.階層によってはボスモンスターがおり、その前の階層では回復薬が入っている宝箱または[やすらぎの泉]が必ず配置されている。
(冒険基礎学『グレガリオの研究』より『地下迷宮が女神様の恩恵と言われる6つの事象』)
──つまりこの下には黒幕ガノールフとともにボスモンスターに分類される〝なにか〟が待ち受けているのだ。




