【救済】‐Relief‐
■落下組
【アルバ】本作の主人公。職業:探偵。
【ティファ】新米の助手。職業:医者。
【ノラ】依頼人の幼女。
【レリック】品がない冒険者。職業:剣士。
■不明組
【ガノールフ】元王宮魔法使いの老人。
【アン/ドゥ/トロワ】レリックの取り巻き娘。職業:魔法使い。
「手洗いというのも殺害の下準備だったのか?」
「毒付きのナイフなんてずっと持っているわけにもいかないし、地下迷宮の5階層に隠しておいたの。それに、魔力も回収しておきたかったから」
「ティファの監視があったはずだが」
「[半妖精]のお姉ちゃんは全く疑ってなかったけど? 『恥ずかしいから後ろ向いて欲しいの』ってお願いしたら信じてくれた」──「困ったものだな」──「常識人は他人のトイレを凝視しないものなの」
『魔力なし』と言っていたのに、[人間種]最高ランクを超える魔力量。
[人間種]の見た目をしていたはずだが、今はどう見たって[猫亜人]。
「[職業/獣術師]か」
[獣術師]──守護霊である動物を魔力に憑依させ自由に行動させたり、獣に変身出来る。[獣亜人]や[獣人]たち特有の職業である。
「博識だね。魔力を自分と分離させると皆、侮ってくれるから奇襲が楽なの」
5階層で武器と魔力を回収。
ティファのおんぶを断ったのは武器の存在を悟られないようにか。
「だからアルバと『おそろい』なの」──「ん?」
「その右手の指輪は絶滅した[魔封石龍]の化石の一部から作ったものだと推理するの」
「ほう。どうしてそう思う」
「否定され続けた奴らは下ばかりを見て生きていく。【魔力なし】ってのはさ、アルバみたいに自信満々には話さないよ。[半妖精]のお姉ちゃんみたくずっとびくびくしてるの。──あとは、指輪だけ石化してないから」
石化部位が引っかかって抜けないものの人差し指の指輪だけが魔法の影響を受けていない。
これは言い訳不可。──「おや、私は○○なんて言ってませんがねぇ」と言われた容疑者くらい言い訳不可。
「なるほど。だから『おそろい』か」──【魔力を分離させて他者を欺くノラ】と【[魔力を封じ込めるデバフ指輪]をして魔力なしを演じている俺】か。『虚偽』という点が同じだと見透かされていた。
「そう」──地面を蹴る。──「嘘つき男の言葉は軽い」──鼻と鼻が擦れるほど一瞬にして近づかれた。
後ろに避けようとしたが、かかとが影に沈んでいることに気が付く。
ノラの属性魔法。
「なにぼけっとしてやがんだ!」──背後からレリックの声がして、顔の横から剣身。
ノラの髪の毛の数本は切ることが出来ただろうが避けられる。
避けた先で拳ほどの石を拾い上げメジャーリーガーの一球かと錯覚するほどの速さで投石。──「ぐがっ!?」──レリックの頭に直撃する。
なんとか意識は保ったようだが後ろに後ずさりした際、足を滑らせ完全に沈む。
「くっ」──俺も足を引っかけられその場に尻餅をつく。それから石化している右腕を踏まれた。──「縞パ──……っ!」──視界に入ったものを呟いたら全力で殴られる。
「『足りない欠片は補ってやる』。出来るならやってみなよ。[探偵]さん」
「その前に、お前はなぜ俺のことを『[探偵]』と呼ぶ」──「なぜ? だって自分で」──「この世界にはない職業だ。なのに業務内容まで把握しているように呼ぶ」──「……それは」
「それはお前の身近に[探偵]がいたってことだろう。ならば聞いていると思うが探偵ってのは依頼人を守るものだ。だから──俺を信じろ」
不器用ながら微笑む。
人間付き合いが得意な方ではないが、子供ひとりくらい安心させる技術は持っている。
ノラは誰かと俺を重ねたのか動揺したような顔を見せる。
それから怒りの顔に変わった。──ナイフを振り上げて。
「信じた人はいつもノラの前から消えていく。──誰も信じない。──虚言を吐いたまま死んでいけ」
全てを拒絶するような瞳。
自分の言葉である『アルバは最後』という言葉を破る。
犯人捜しのために[探偵]の力を借りようとしていたのだろうが、皆殺しを決意した彼女にとってはその約束は無意味に等しいのかもしれない。
俺の心臓を貫──……。
「我は生命を築く者。自然の勇士よ、我が友を守りたまえ。──【土塊人形】っっっ!」
ちまっ。
代わりに犠牲になったのは手のひらサイズの小さな[土塊人形]。
ガノールフに比べたら陳腐なものかもしれないが、その魔法は確かに俺の命を救った。
「よくやった!」──その魔法を使ったティファに視線を向けると魔力の限界を超えたのか目を回している。
[土塊人形]をナイフから引き剝がそうとしているノラに掴みかかる。
幼女を押し倒した。絵面だけ見たら犯罪者がどちらなのかわからない。
「な──にゃはははっ! ちょ。アルバ? ──やめ、ややっ。いひひひ──ぴぎゃ」
『機嫌が悪い子供は脇を攻めよ』。
これは姉の迷言である。──実際俺も12の頃に犠牲になっている。逃げれないように身体を固めてくるから本当に地獄だった。『こちょこちょ』なんて可愛いものではない。
「ひぃ……ひぃ……ひぃ」──果てて痙攣しているノラ。
目も当てられないから誰かモザイクをかけてくれ。
「犯人の目星はついている。ひとりだけどう考えても場違いだったろ? ウガリット語を『文字』だと断言し、地下迷宮の最下層を『5階層』と呼んだ。──まるで【魔法使いの地下工房】が初めからあると知っていたかのようじゃないか。極めつけは──……」
頭を強く打ったレリックが「いてて」と頭を押さえて起き上がる。
かなりの勢いで倒れたから再起不能かと思ったが、いいタイミング。
「初めてこの地下迷宮を攻略した日のことを教えてくれ」
「あん? 何度も聞くんじゃねぇよ。『攻略後暇を持て余して酒場に行った結果、記憶を飛ばすほど泥酔した』っつたろ」
品がない男の言葉にしてはやけに丁寧で、教養がある。
直前『頭の悪いセリフを控えてくれるか』と言ったせいかとも思ったが、全く同じ内容を口にした。
「[虚偽記憶の水晶]。上書きされた記憶は魔法使用者の暗示通りに話す。──誰かの話し方に似てないか?」
「──【ガノールフ】──……」──その瞳はもう、顔の見えない犯人を捜して彷徨う復讐者のものではなかった。




