【正体】‐Debunk‐
■落下組
【アルバ】本作の主人公。職業:探偵。
【ティファ】新米の助手。職業:医者。
【ノラ】依頼人の幼女。
【レリック】品がない冒険者。職業:剣士。
■不明組
【ガノールフ】元王宮魔法使いの老人。
【アン/ドゥ/トロワ】レリックの取り巻き娘。職業:魔法使い。
──生きている。20メートル程の距離を落下したというのに。
リュックサックがクッションになってくれたおかげか、枕にしている太ももが衝撃を抑えてくれたのか。おそらく両方だろう。
ティファを確認すると気絶はしているものの息はしている。
……それにしても柔らかい。本当に男か? 寝心地が良すぎる。過去の出来事を鮮明に夢で見てしまうほどぐっすりだった。
起き上がり気絶している[半妖精]を観察する。
種族によるものが大きいだろうがやはり整った顔だ。綺麗系というよりも愛嬌があるし可愛い系と表現するべきであろう。
魔力至上主義の[半妖精種]生まれならコンプレックスであろう茶色の髪も主張が激しくなくおしとやかな好印象を受ける。
喉仏──マフラーで確認出来ず。
くびれ──分からないようにだぼっとした服装。
性別が分かりそうな証拠はとことん隠蔽工作がなされている。
このアルバ、答えを知らなければ落ち着かない人種である。
現在この[探偵の助手]は『自称男の娘[半妖精]』という位置付けだ。
知る術はひとつ。気絶しているうちにスカートの中を確認してしまえばいい。
これは別に性的欲求による探求では決してない。
『確定していない事象』というものがどうにも許容出来ないのだ。この喉に突き刺さった魚の骨を抜いて、スッキリとした気持ちで事件に向き合いたい。
であるからしてスカートをたくし上げるのは必要事項なのである。
──……いや、待て。やはり頭を強く打ったのか? あまりに迷走しすぎている。
この性別版【シュレディンガーの猫】はこのままにしておくのが一番平和的ではないか。
…………猫。なにか大事なこと忘れている気がする。
「こっちに来るな。クソネコ!」
不快な話し方をする男の大声がした。
言うまでもなくレリックのもの。
レリックも受け身を取れたようで無事である。しかし右足を負傷しており引きずっている。
──そして同じく無事だった影猫と対峙していた。
影猫の方は負傷箇所がないようで、まるで足を撃たれた鹿と狩人のような構図。
煩悩は捨てて走り出す。
相変わらず石化された右腕は重い。
──ぶんぶんと力任せに剣を振り回すレリック。
──着実に距離を縮める影猫。
──そしてナイフを振り上げ──……
「っ──もうやめろ!」
呼びかけは虚しく振り下ろされるナイフ。
仕方がないからレリックの前に立ち右腕でそれを受け止める。
石化されているおかげで肉を貫通することはなく[悪精霊花]の根の毒を防ぐことが出来た。
「アルバは最後だと言った。邪魔をするな」
「無駄な犠牲者は出すんじゃない」
「『無駄な犠牲』? もしコイツが犯人だったらどうする。逃がすものか。幾つもの徒労でここまで来ているんだ。全員殺してここで終わらせる!」
まるで子供のわがまま……『まるで』は不要か。
「【ロナード】を使い『被害者に関係する人物たち』を呼び寄せた。──そして最初に【転移魔法】を使えるアンを標的に。それはお前の推理だと事件現場は地下迷宮内ではなく外だったから。殺害された後、装備品だけ教会へと転移させたと」
影猫はナイフを治め、後ろに引く。
少しは話を聞く気になったということだ。
「その可能性が一番高い。なら【魔法使い狩り】の被害者はほとんど【転移魔法】の使い手だったのだろうな」
「とことん見当違いだったけど」
「レリックを疑っているのはここで回収出来る貴重道具が理由だな」
「にゃはは、物分かりが良い奴は好きだ。[虚偽記憶の水晶]は事件以来何百回もここに調査してやっと手に入れたくっそ低確率な道具。──なのにこの男は一度しかこの地下迷宮に来ていないはずなのに反応を示した」
どうやらあの奇跡は〝やらせ〟だったようだ。
『持っている物をよこせ』と言ったとき動揺の顔を見せたのは長い袖の中に[虚偽記憶の水晶]を隠し持っていたからなのだろう。
そして回収時、全員の反応を伺っていた。──不快の色を見せたティファ。焦りを見せたレリック。
「遺留品には[虚偽記憶の水晶]はなかった。なら犯人は依頼達成したあの人を地下迷宮外で殺害し、盗んだ。【転移魔法】で隠蔽工作したと考えるべき。レリックとアンの共犯って筋書きが一番しっくりとくるじゃないか」
「確かにそうだ。異論はあるか?」──レリックに視線を向ける。本人は全く話についてきていないご様子。
「そ、その貴重道具は持ってるけどよ。消えた[魔法使い]に会ったことなんかねぇよ!」
「嘘を吐くな。短時間の仲だが浅ましく単細胞な男だと分かる。[虚偽記憶の水晶]を盗んで女遊びでもしようと考えていたはず」
「異議なし」──実際うちの[助手]が被害を受けている。
「どっちの味方なんだ!?」
少なくともお前ではない。
再び影猫が臨戦態勢に入りそうだったから手の平を前にして静止させる。
「だがその動機だとアンが協力する理由がない」
「[想い人の守護]が発動する程の仲だ。クソ野郎と分かっていても愛なんて不確かなもののために行動出来てしまう」──『愛』とは随分と都合の良いものらしい。
「他のふたりも持っていたぞ」
「は? いや、ありえない。対象はひとりだけのはずだ」
「単細胞だから成せる業だろうな」──正しくは『トロワもしていた』。ドゥはネックレスの日焼けだけ。前回の依頼で際どい怪我をしていたからその時発動したのかもしれない。
「な、ならあのふたりも共犯だ! ……もう良い、考えるな。ここに来た誰かは絶対に犯人なの」──推理の構成が出来ていない。放り投げてヤケになっている。
「足りない欠片は俺が補ってやる。だから推理をやめるな。──ノラ」
影猫を形作っている靄が薄くなっていく。
珍しい黒い長髪、ウェーブがかかりくるんくるんしている。
背丈を見るに11──10歳。
頭の上には獣耳があり、後ろには尻尾まで付いている。──[猫亜人]と同じ見た目。
【魔法使い狩り】と呼ばれる異世界版【切り裂きジャック】の正体は今にも泣き崩れそうな顔をした依頼人の幼女であった──……。