【幕間】‐Detective and Little Prince‐
──11年前──
[龍]と【戦乙女】の末裔であるドラゴネスの王族は成人と見なされる12歳まで家族と顔を合わせることはない。例え国王が面会を望もうと例外はなかった。
田舎の奇習のようにも思えるが、ドラゴネスの王族はそれまでに礼儀作法・魔法訓練・国をどうやって治めるか・10歳には婚約者選び。──周りには使用人のみで王城とは別の屋敷にて暮らす。
もう女神歴初期からの風習であるから理由も定かではないけど、一説には[龍]の子育てがそのように行われるからなのだとか。
孤独に慣れさせ強く生きていくため。
──そしてここに幼いドラゴネスがひとり。
第三王子【アルバート・メティシア・ドラゴネス】。王族初の黒髪を持つ5歳の少年である。
彼もまた生まれて8カ月後すぐに両親から引き離され、屋敷で日々の研鑽を積んでいた。
もちろんのことながら、退屈極まりない──……。
「……ここは小僧が来て良い場所じゃないぞ」
退屈だから、【魔法省】が管理している監獄を見学するのを唯一の暇つぶしにしている。
アルバート曰く『夢物語な世界の犯罪動機を調査したい』という意味不明な理由。
鉄格子で区切られてはいるがアルバートはとある囚人の前に立つ。
筋肉隆々で野性味のある男だ。しかもアルバートと同じ髪色。
拷問でも受けたのか上半身には鞭で叩かれたような跡がある。
「そもそもここに子供がいること自体おかしいな。こりゃあ幻覚か」
「寝ぼけたことを言うな。現実だ。お前は『公爵家の宝石を盗んで捕まったゴロツキ』で間違いないか?」
「はは、号外ではそう言われてんのかい」
「俺がここにいるのは施設全体に【時間停止】の魔法を使ったから出入りは自由だからだ」
「ん???」
男が勘違いするのも無理はない。
この監獄を出ることはもちろん看守や囚人でない限り入ることが不可能なくらい警備が厳重なのである。
もしこんな場所に子供がいたのなら看守長のご子息のわがままか、それこそ〝幻覚〟だろう。
【時間停止】なんて【神種領域ランク】の魔法だ。ありえない。
……いつも騒がしい監獄がやけに静かだけど。
「なぜ盗んだ宝石の在処を白状しない? 白状したら公爵も罪を軽くするように掛け合うと言っている」
「何度も言ってるが、公爵が娘のために買ったらしい赤くてでっかい宝石なんて盗んじゃあいない。犯人はあの[猫亜人]の女だ。そいつ猫に化けて逃げやがってよ。オレはただ奴を捕えようとして逆に公爵家の警備に捕まっただけの善良な国民ってわけ」
なんだか胡散臭い。
けれどアルバートは「ほう」と感心したように息を漏らす。
「その[猫亜人]を追っていた動機は?」
「大事なもんを奪われちまったのさ……あとはオレが[探偵]だから」
男の言葉に目を丸める。
「この世界にはない職業だから知らなくても無理はない。いつもは説明めんどいから[言語学者]って名乗ってるし」と付け加えたが、そうではない。
アルバートもよく知る職業である。けれどこの世界では耳にしなかった。懐かしい言葉に感極まっているのだ。
「……[探偵]。この世界には不要な存在にすがりつくとは、また奇特な奴がいたものだな」
男はアルバートの顔をしっかりと見る。
子供にしては大人びている表情に黒い髪。合点がいったのか愉快そうに笑った。
しかし口の中が切れているのか「いってぇ」と手で口をおさえる。
「つまり同じ境遇ってやつかい」
「ああ、この髪色は前世の名残なのだろう」
「小僧も[探偵]か?」
「さてな。魔法なんて存在する世界じゃただの道化だ。【ノックスの十戒】や【ヴァン・ダインの二十則】に顔向けが出来ない」
「なんだそりゃあ」──さっぱり意味が分からないという顔をされた。
探偵小説における鉄則だ。
探偵をしていたのならこれくらいは知っているはずだ。
『金八先生』や『GTO』を見て教師を志す様に、『シャーロック・ホームズ』や様々な探偵小説に触れてきているはずではないか。なのに──……。
アルバートは男の逞しい筋肉を目にしてその考えを否定する。
──コイツ脳筋ぽいな、と。
「小僧、魔法があるからって[探偵]のお仕事は無くならないぜ」──成人男性らしからぬ無邪気な笑顔。
「そんなわけがないだろう」──その笑顔が無性に腹立たしくなった。──「魔法は俺の理想を否定する悪だ」
アルバートが手を横に振り払うと鉄格子が消えた。──「密室事件の否定」
男の身体を触れると鞭で付けられたはずの傷が治る。──「探偵美学の否定」
「【転移魔法】」──指を鳴らすとふたりは監獄の外にいた。海辺。日光浴していた[人魚]たちが一斉に海へ逃げていく。
見上げれば[鳥獅子]や箒に乗って空を飛ぶ[魔法使い]たち。
アルバートは「この世界を見ろ!」と言わんばかりに腕を大きく広げる。
「[探偵]など不要だと。声を大にして俺たちの存在意義を奪い去っていく。それが【魔法】だ」
まるで欲しい玩具を買ってもらえない子供のように不貞腐れている。
けれど男はその言葉を受けて再び愉快そうに笑った。今度は止まらず、腹を抱えるほど。
「小僧の言いてぇことは難しくてオレにはよく分からん。【魔法】のせいで[探偵]が生きづらいなんて考えたこともなかった」
それから力強くアルバートの肩を叩いた。「この世界を見ろ!」と言わんばかりに。
「[探偵]のお仕事ってのはな殺人犯との頭脳勝負なんかじゃあない。死者を正しく送ってやること。悪人が世にのさばってちゃあ成仏出来ないだろ? 言わばオレたちは悪を成敗する正義の味方ってやつさ。正しいことをするのにそんな難しい思想は必要ないだろ」
アルバートは「綺麗事だ」と口を尖らせる。
「綺麗事で結構っ! それに俺は【魔法】ってやつが結構好きだぜ。確かに犯罪の方法が増えたかもしれないが、人助けの方法だって増えた。──なによりこの世界はこんなにも美しい」
幻想的と言ってしまえばこの世界に勝る絶景はないのかもしれない。
あまりの寛大さに呆れを超えて感心まで覚える。
「それがお前の探偵道なら文句は言わん。さっさと[猫亜人]を捕まえてくるんだな、バットマン」
「言っておくが、ひとりでも脱獄は出来た」──ズボンのポケットからボロボロなスプーンを取り出した。
「そうかい」
男はビシッと手を挙げて「またな、探偵小僧!」と去っていく。
互いに自己紹介はなかった。[探偵]を続けていればいずれ再会するだろうと思ったから。
──こうしてアルバートは【地下迷宮で行方不明になった[魔法使い]】との深い繋がりが出来たのである。




