【転落】‐Fall‐
【アルバ】本作の主人公。職業:探偵。
【ティファ】新米の助手。職業:医者。
【ノラ】依頼人の幼女。
【ガノールフ】元王宮魔法使いの老人。
【レリック】品がない冒険者。職業:剣士。
【アン/ドゥ/トロワ】レリックの取り巻き娘。職業:魔法使い。
治療を終えたアンをドゥとトロワが背負う。
毒は抜けきったようだから安静にしていれば問題はないだろう。
「一難去ったところ悪いのだが、次はあちらをどうにかせんといかんな」──【照明魔法】で俺たちを守ってくれていたガノールフの言葉。
視線の先はギミックによって現れた、向かいの扉へと続く岩の橋。
そしてゲームを最後までクリアしないと入れない通路で通せんぼしているモンスターのようにそこにいる黒いなにか。──そのなにかは巨大な猫を模していた。
黒豹や獅子ならば恐怖で足がすくったかもしれないが、猫。
「アルバ……捕まちゃったの」──人質みたくノラを口で持ち上げている。攻撃したらこの幼女の命はないと。
ここに配置されたモンスターか? ──いや、影から人の手が出てきたのを確かに見た。
【魔法使いの地下工房】の後継者、または住人? ──入り口で感じた殺気はおそらく影猫のもの。正しくは中にいる[魔法使い?]のものだろう。
ずっと尾行されていたのかも。
そもそもアンを攻撃した影とあの影猫は同一か? ──断言は出来ないが【影属性魔法】は魔法属性の歴史でも極めて希少な存在だ。複数いるとは思えない。
この影猫の正体は? ──思い当たる存在がひとつある。
冒険者組合で聞いた噂話、『影のバケモノに襲われた』。
[魔法使い]しか狙わない異世界版【切り裂きジャック】。
「……【魔法使い狩り】か」
俺がそう呼ぶと『話が早くて助かる』と言わんばかりに喉を鳴らしてみせる。
影猫は【投影魔法】か【煙幕魔法】か、どちらにしろ魔力操作がかなり上手い。
しかもあの魔力量であれば[人間種]最高ランクCは軽く超える。目分量的には上級のBかA。
影猫の中にいる奴は[人間種]ではない? または混血といったところか。
「状況が飲み込めない。とりあえずは話し合いだ。だが咥えている幼女がいたら上手く話せないだろう? とりあえずそれをおろせ」
「ノラを『それ』呼ばわり!」──ぷんすかしてるがお前を助ける為に交渉しているのだから静かにしておいて欲しい。
影猫は俺の目をじっと眺めてから、頭を下げた。
気が変わってノラを解放してくれる──ようにも思えたが勢いよく首を上げて、ノラを上空へと飛ばす。
「え」──かすれた声。
丸吞みにされる。
影猫の口が大きく開かれて、ノラを一口で平らげた。
俺の後ろにいる面々から声にならない動揺が漏れ出す。
ごちそうを食べ終わったグルメみたく舌で口元を掃除する影猫。まるで生き物ように。中の人物が意図的にこの行動を見せつけているのなら、かなり悪意がある。
「言われた通り。人質はいなくなり、話し合いを出来るようにしてやった」
「……なぜ俺たちを狙う?」
「言い当てたのだから分かるだろう。【魔法使い狩り】が[魔法使い]を殺すのに理由が必要か?」
「アンはともかくノラは魔力なしだ」
「知るか。この場の全員もれなく殺す」
異世界版【切り裂きジャック】。案外お似合いの異名かもしれない。
異常者に探偵小説における被害者との関係で生まれる動機は必要ない。
[魔法使い]が嫌いだから傷付ける。地下迷宮攻略に向かう[魔法使い]の集団を見付けたから尾行し、命を奪う。
探偵小説の様式美から外れるが、こういった手合いはそういうものだ。
「質問はそれだけか? ならばここで死ね。……しかしアルバだけは特別だ。全てが終わってから殺してやる」
影猫がこちらに前進してくる。
【照明魔法】とランタンを向けるが影が揺れるだけで効果はほとんどない。
一歩ずつ、近づいてくる。
巨大な猫ごときにこんなにも威圧感があるのは、中の人物が[悪精霊花の根]の毒を染み込ませたナイフを装備しているから。
一太刀食らえば、終わり。
──冒険者たちが『【魔法使い狩り】は命までは取らない』と言っていた。
被害者全員が無事。
──けれどこの地下迷宮攻略メンバーには疑いようもない殺意がある。
それはなぜだ?
──今までの被害者と俺たちの相違点。ダメだ。比較出来るような情報を持ち合わせていない。
冒険者たちはなんて言っていた……確かロナードという[魔法使い]が被害に合ったと……ロナード。【呼び寄せ魔法】の論文で【魔法省】から懸賞をもらった男だ。
『特定の場所や物に魔法をかけ、ある条件を持った者たちを〝呼び寄せる〟』だったか。
『ミステリーの香りする』──『実に興味深い事件だったものでな。その真実を解き明かしてみたくなってしまっての』──『てかこの依頼を受けたいって言ったのレリックじゃん』
【貴重道具の回収】──『なんで衣服や所持品だけが転移してきたのかな?』──入手0.02%。──『他にも可能性はあるはずだ。例えば地下迷宮攻略後……』──『誰が一番【■■魔法】が上手なの?』
『この世界にはどんな魔力でも吸い取っちゃう石が存在するって知ってた?』──『おそろいだね。[探偵]さん』
──……なるほど。つまりそういうことだな。
異常者ではない。ちゃんとした動機がある人物だ。
推理を途中で断念した馬鹿者め。
「お前が追い求めているものの答えを俺は提示出来るはずだ。だからこんなことはやめろ。依頼は必ず」──影猫の前に立ちふさがる。
「もういいんだ、アルバ。もう飽きた。早く楽になりたい」──うっすらと影の中にいる人物が見えたような気がする。
気付いたら影猫は後ろにいた。
地下迷宮では【転移魔法】は使えない。──影を潜ったのだ。
ティファたちの元へと進んでいく。
「このクソネコがっ! よくもアンを」──初めに攻撃をしたのはレリック。宝箱から回収した木の棒を投げつけてから、剣を振り上げて影猫に突進していく。
木の棒は影の靄を貫くだけ、むしろ俺目掛けて飛んできた。──キャッチしてやろうかとも考えたが[剣士]が本気で投げた木の棒だ。怪我するのもイヤだから避ける。
ギリギリ頬をかすった。
「ノラちゃんを返せっ!」──非力なティファですら参戦する事態に。しかし影猫の尻尾にはたかれて吹き飛ぶ。俺目掛けて。
「うがっ」──流石にこれは避けるわけにもいかないため下敷きになる。
[剣士]レリックと影猫の戦い。
大振りの剣をナイフで受け止め──その勢いのままレリックの首元を狙うひと振り。
なんとか避けるが続いて腹を蹴られる。これはレリックの溝内をえぐった。
このままでは、まずいな。間違いなく死者が出る。
右手人差し指に収まっている青色の宝石が埋め込まれている指輪を眺め──それを。
「我は謀略を崩す者。かの強き者も動けなければ傀儡も同じ──【岩の傀儡】」
右腕が岩のように固まる。
指輪はもちろん指すら微動だにしない。
「我は営みを崩す者。かの強き王は敗れた、そして王国は廃れゆく──【城の崩壊】」
杖を地面に強く叩き付ける音が響く。
魔法で架けられた岩の橋が崩れ去る。
足場をなくした俺たちは崖っぷちの暗闇へと落ちていく。
──初めから警戒していたつもりだった。
しかし影猫に気を取られて疑わしい人物への注意を怠ったのだ。
その人物は髭動かして、悪人みたく笑う。
「最下層にてお待ちしております。アルバート第三王子」




