【治療】‐Surgery‐
【アルバ】本作の主人公。職業:探偵。
【ティファ】新米の助手。職業:医者。
【ノラ】依頼人の幼女。
【ガノールフ】元王宮魔法使いの老人。
【レリック】品がない冒険者。職業:剣士。
【アン/ドゥ/トロワ】レリックの取り巻き娘。職業:魔法使い。
冒険基礎学『グレガリオの研究』にて【野生のモンスターを地下迷宮に連れていくとどうなるのか?】という実験が存在する。
基礎として地下迷宮のモンスターは外には出られないし(そもそも設置場所の約半径20メートルしか行動しない)、野生のモンスターも入ることは出来ない。
この実験はモンスターなどを捕らえる魔法道具[牢獄船瓶]を使い行われた。
確保してしまえば小さな魔法道具としか認識されないため地下迷宮に出入りが可能だ。
グレガリオが地下迷宮内でモンスターを開放したところ、野生のモンスターは地下迷宮のモンスターと変わらない行動をしたという。
知性の低下、行動範囲の制限である。しかも倒されると再び同じ場所に配置された(同じ個体かは不明)。
この実験を元に──地下迷宮内でモンスター化した冒険者はどうなるのか──……。
[悪精霊花の根]。
黒色の彼岸花のような見た目をした[悪精霊花]の根はカブのように膨らんでおり、人の顔のような歪な形をしている。
はじめに見られる症状は身体の痙攣。幻覚作用。
その毒が脳まで巡ると精神・肉体までもが変貌し醜い野猿のようなモンスター[悪精霊症]へと姿を変える。
治療法はたったひとつ、全身に毒が巡る前に血液内を浄化をすること──……。
「そ、そういえばアンって宝箱から[毒消草]を手に入れてなかったか? それを使えば」──パニックになりすぎて震えているレリック。
「ここまで特殊なものだと[毒消草]でも治せないよ。それよりこれをアンに飲ませ続けて」──ティファはそれなりに高価な[回復薬]をレリックに渡す。──「宝箱からの道具回収といえば、ドゥは水。トロワはヒモを貸して」
トロワから短いヒモを受け取ると毒が侵食しつつある左腕を強めに縛る。
ドゥは動転しているのか杖をアンに向けた。──「魔法で作った水なんて不純物ばかりだよ! 傷周りを洗浄したいんだ。回収した『瓶に入った水』があったよね?」
毒に侵されつつあるアンの治療に全力を尽くす。
──冒険者パーティーを追放され。組合で辱めを受けたというのに。
いかなる患者でも全身全霊で治療にあたる【ヒポクラテスの誓い】か。この[半妖精]自身の信念か。
ガノールフは影の敵対者を警戒し照明魔法を周りに展開してくれている。
俺は人差し指にしている指輪をくるくると回すばかり。
傷周りの洗浄をし──それから傷口に口をつけた。
「ちょ。おま」──無意識に声が出る。
ティファは血を吸い、外に吐き出す。
すう、ぺっ。すう、ぺっ。すう、ぺっ。とリズムよく3度。口に水を流し込み念入りにうがいをする。
それからリュックサックから絵巻のような布を取り出す。
広げると医療用メス……というには原始的だが、小さなナイフがいくつもあった。
そのひとつを取り出し、薬草で拭く。
──毒によって変色した皮膚を切り取る。
[回復薬]のおかげで新しい健康な皮膚が少しずつ再生していく。
──変色部位がなくなったのを確認すると急いで傷を縫う。
ドゥの縫い跡を見た時から知ってはいたが、かなり器用に。綺麗な縫い目だ。
「ガノールフさん、ふたつほど瓶を持ってたよね」──「ああ。私は使わんから使ってくれ」──「ありがとう」
ひとつの瓶には薬草をすり潰して抽出した液を、もうひとつには水筒の水を流し込む。
注射器でふたつの液体を吸う。注射器の針をアンに──……。
「待て。[悪精霊花の根]の治療薬は存在しない。それはなんだ?」
「……えっと、免疫力を高める効果がある薬かな。自作なんだけど。[悲鳴植物の根]の毒を[水精霊の涙]で薄めるとこの毒の効果を弱めることが出来るんだ」──「[悪精霊症]にはまったく意味がないけど」と不甲斐なさそうにつぶやく。
注射器の針をアンに刺した。ここで全力の魔力を使っている。
魔力の色はガノールフのよりも明るいオレンジ色。
──薬が身体に行き渡ったのか呼吸が落ち着きだす。
「……ありがとう」──ティファを馬鹿にし続けていたレリックが深く頭を下げている。
後ろのふたりは感極まって泣き崩れる始末。
「えへへ、良かったぁ。たぶん。もうだい、じょ……ぶ」──治療大成功の衝撃かティファも地面に倒れた。
「おい、寝るな」──強めに揺する。しかし反応はない。
こんな場所で寝るのは行儀が悪いと思うが今さっき命を救った英雄を起こすのは失礼というものだろうか。
仕方ないからこの先は俺がおぶって………………息をしていない。
おそらくあれだ。毒を口で吸ったせいだ。
[悪精霊花の根]は蛇の毒のように血液に混ざると症状が起こる【[悪精霊症]化】と、胃の中に入った時に起こる症状の2種類が存在する。
胃の中に入った場合[フグの毒]の症状によく似ている。
しかしうがいもしていたし、[毒消草]を飲んで胃の浄化もしっかりしていた。
身体の痙攣も見られない、症状は軽度なものだろう。
ならば呼吸困難だけどうにかしてやれば良い。
──さて、ならば仕方あるまい。
気道を確保し鼻をつまむ。──口をつけ──息を肺に送り込む。
気のせいか『ズキュウウウン』なんて効果音が聞こえた。
「ななな???」──レリックたちから動揺の声が上がった。それを無視する。
丁寧に空気を流し込み、ティファの胸を膨らむのを確認し。口を離す。
自然と空気が抜けきることを待ち。再び空気を送る。──それを4度ほど繰り返した。
「ぷはっ」──ようやく自力で呼吸する。──「えっと? ……アルバ」
不思議そうな顔でこちらの顔を覗いているティファに少しだけ苛立ちを覚えたから顔を掴む。
頬を潰されてタコみたいに口をとんがらせる。
「自分の命を危険に晒すような治療は二度とするな。馬鹿者」
「ふ、ふぁい」
あまり響いていなそうだが、手を放してやる。
それから肩をぽんと軽く叩く。
「よくやった。お前は間違いなく名医だ。誇って良い」
──久しぶりに心から他人に敬意を払ったかもしれない。




