【影】‐Shadow‐
【アルバ】本作の主人公。職業:探偵。
【ティファ】新米の助手。職業:医者。
【ノラ】依頼人の幼女。
【ガノールフ】元王宮魔法使いの老人。
【レリック】品がない冒険者。職業:剣士。
【アン/ドゥ/トロワ】レリックの取り巻き娘。職業:魔法使い。
──行き止まり。と言うよりも崖である。
初級地下迷宮の隠し扉から続く長い階段の先は少し開けた空間はあるものの、先はない。
しかし向かいには扉が用意されているため、なにかギミックがあるのだろう。
各々辺りを見渡す。
元々この空間があったと言うよりも人の手によって作られたような不格好さを感じる。
くまなく探していると、右側の壁に小さな穴を見つけた。──小さいと言っても一般体系くらいなら通れる。
「ノラは運動神経結構すごいの。パパと一緒であれくらいの距離ならひとっ飛び!」
ノラが跳ねる。
しかし壁の穴にはまったく届いていない。確かに幼女の割には飛んでいる方だが、後1メートルは必要だと思う。
「肩車してやる。乗れ」──仕方がないから協力する。
「ありがとなの」
俺のお気に入りの上着はなんの躊躇もなく踏みつけられた。
『肩車』と言ったはずだが、これでは跳び箱台。
ひとりで跳ねていた時とは比べられないくらいに高く飛んだ。
見事にホールインワン。
「どうだ。なにかあるか?」
「んー、暗くてよく分からない。明かりが欲しいの」
その言葉を聞いて魔力持ちは自分の【照明魔法】で作り出した火の玉を穴近くへと送る。
ティファもまったく意味がないのだが背伸びをしてランタンを掲げた。
「丸くてぐるぐる回せる石があるの」──抽象的すぎるだろ。
「なにか書いてあるか?」
「石には……上に鳥。右はバツ印。左には弓矢。下には倒れた男の人」──「石の周りにも絵があるの。上にすごい光ってる男の人。右には雨。左には綺麗な女の人」
石が回せるということはその絵を合わせて正しい形にするのだろうな。
【ウガリット神話】から考える。
【光ってる男の人】というのは主神で間違いないだろう。
ならば【綺麗な女の人】は主神の妻。
これは『アクハトの伝説』という物語を題材としている。
主神の妻はアクハトという男が持っている弓がどうしても欲しくて交渉するのだが決裂。そのことを根に持った主神の妻はヤトパンという鳥の姿に変えた戦士を使ってアクハトの命を奪うのだ。
しかしアクハトが亡くなったことで土地は枯れ、雨も降らなくなってしまったという。
この物語の結末は──……。
「人々の祈りに答え、主神はアクハトを生き返らせた。ヤトパンは罰を受け。妻はなにも得ない。再び雨は降り土地は栄えた。──石を回して鳥を下にしろ」
「わかったの!」
ちゃんと出来ているか確認出来ないが、ガタンと歯車かみ合ったような音が響く。
同時に向かいの扉へと続く岩の橋が作られた。
──そして悲鳴。甲高く耳を突き刺す。
思いもよらないことが起こって戸惑うような悲鳴。
──視線を向けた。
悲鳴の主はレリックの取り巻き娘のひとり、オレンジ髪のアン。
──影に溺れている。その言葉に尽きる。
下半身が暗闇に飲み込まれているのだ。
「手を掴めアン!」──レリックが誰よりも早く反応し、彼女の手を掴んだ。
「なにこれ──やだやだやだ──早く助けてよ!」──「どうにかしてよレリック!」──「っつてもなんだよこれは!」──「くそが! アンから離れやがれ!」
レリックたちが必死に助け出そうとするがまったく意味がない。
着実に飲み込まれていく。
──ぬっと影から腕が生える。手にはナイフをこしらえて。
そして溺れて我を忘れているアンの胸を目掛けて振り落とされる──……かに思えた。ナイフがアンの胸を貫くことはなくまるで見えない壁が守ってくれたかのように弾き返したのだ。
その反動か、アンがしているネックレスが割れた。──[想い人の守護]。
送った者が装着者のことを愛している限り、一度だけ致命傷になり得る攻撃を無効化してくれる魔法道具である。──発動したのを初めて見た。
しかし弾き返された腕は執念深くアンを狙う。
今度のひと振りはどうすることも出来ず、左腕を貫く。──悲痛な叫びが響いた。
「こいつは【影属性魔法】だ! 光を当てれば弱まる。ティファ──ランタンを!」
「う、うん!」
ランタンを向けられて影は小さくなった。
影の中に誰かがいる。復讐者のようにこちらを睨む。
【照明魔法】も集まって影は消えた。
溺れてパニックになっていたアンが地面に落ち、気を失っている。
レリックが彼女を抱き寄せ、呼びかけるが反応はない。
影に刺された左腕は──ゆっくりと黒く変色していく。
「どいてっ!」
レリックを荒い手つきで突き飛ばしたのはティファ。
深刻な顔をして傷口のにおいを嗅ぐ。
「まずいよ。これは──[悪精霊花の根]の毒──早く手当てしないと彼女は──……」
その植物を知っている俺とガノールフが息を飲む。
[悪精霊花]とは黒い花のこと。[ロートスの木]と同じように花や葉っぱにはまったく害はないのだが[悪精霊花の根]は植物学者でも手に負えない。
「な、何言ってやがんだ! お前は無能だから治せなくても[聖職者]ならなんとかしてくれんだろ! ……このままほっとけば教会に転移する。変なことすんじゃねぇぞ」
「[聖職者]にも治せないんだよ。この毒は! 状態異常なんかじゃない。この毒は人間を[悪精霊症]というモンスターに変異させてしまうんだ」
もし仮に瀕死状態で教会に転移出来たとしても[聖職者]の魔法では治せない。
そして最悪なのは地下迷宮でモンスター化した冒険者はどうなるのか──……。
[聖職者]でも【死に至る病】は治せない。
デンマークの哲学者曰く──『死に至る病とは【絶望】のことである』。
「大丈夫。──ボクがなんとかする。彼女を治してみせるよ」
その絶望に立ち向かおうとするひとりの[半妖精]。
怯えたように他人と接するくせに病人を前にしたられっきとした[医者]の顔をしていた。




