【神話】‐Myth‐
【アルバ】本作の主人公。職業:探偵。
【ティファ】新米の助手。職業:医者。
【ノラ】依頼人の幼女。
【ガノールフ】元王宮魔法使いの老人。
【レリック】品がない冒険者。職業:剣士。
【アン/ドゥ/トロワ】レリックの取り巻き娘。職業:魔法使い。
「ノラちゃん大丈夫? 疲れたならボクがおんぶしようか」
「ううん。でもありがとなの」
「相手が子供だとしてもおんぶするにはお前は非力すぎる」
「そ、そんなことないよ! ほら筋肉だって」
こちらに二の腕を差し出してきたから掴んだ。
思ってた以上に柔らかくて少し驚く。ふにっとしている。この筋肉量でドヤ顔を出来ることに関心した。
「これでも鍛えてるからね」
「すごいな」──巨大なリュックサックを背負っているのにこの柔らかさを保てるなんて。
「く、くすぐったいよ。アルバ」
これ以上ふにふにしていたら言い訳出来ない気がするから手を離す。
「この階段どんだけ続くんだ? ずっと歩いてる気がすんだが」
「一生着かねぇんじゃね」
「【反復魔法】とかならやばみ」
俺たちが進んでいるのは地下へと続く階段。
地下迷宮の下階層への道とは違い、かなり道幅が狭い。
大人の男がぎりぎり通れるくらいの広さ。
明かりはまったくなく、先もかなり長い。
魔力持ちは皆【照明魔法】を使い足元を照らす。明かりは魔力と同じ色をしていて火の玉のように浮かぶ。
魔力量の少ないティファだけはランタン。──このリュックの中にはなんでも入っているのかもしれない。──魔力なしの俺たちは最後尾で他の明かりを頼りに。
正直原始的な明かりが一番明るい。
【魔法使いの地下工房】。
おそらく階段の先には[魔法使い]が自分の研究などを極秘裏に行えるように作った魔法工房があるはずだ。製作者は石碑と同じと思われる。
貴重道具という隠し要素はあるもののここは初級も初級。ほとんど利用されていない廃れた地下迷宮であるから適していたのだろう。
「ねえ、なんで3枚目って分かったの? ノラにも分かるように教えて欲しい」──石碑の起動方法であるなぞかけのこと。
説明してもいいのだが──……。
この世界の住人には絶対に解けないものだから、理解は出来ないと思う。
「あれはウガリット文字だ。大昔の文明による言語で書かれていた。少しの単語しか解読は出来なかったが、ある程度知識があれば察しはつく」
「『ウガリット』なんて言葉聞いたことないよ」
「それは失われた文明だからな」──嘘はついていない。
「もうねぇなら、なんでお前はその知識があんだ?」
「……まあともかく、その言語を使う民族が信仰する【主神】がいたんだが」
「ばっかじゃない? この世界に神様って【女神様】しかいないってのは常識っしょ」
横槍が多すぎて話が進まない。
しかし丁度いい。『とある神』を『女神』に置き換えてしまおう。
「それは誤った歴史で修正されたもの。元々神は無数に存在した。しかしどの神がもっとも神聖かというしょうもない宗教戦争が勃発してな。それに勝ち残ったのが我らが女神様だ」
「そんなウソ話、誰が信じんだ」
ああ、ウソだ。でっちあげだ。
この世界には他の宗教が存在した歴史はなく、全ての種族が同一の存在を信仰していた。
だが俺は女神なんて信じていないからどうとでも言える。
「他の神様はどうなったの?」──ティファとノラは興味深々。
「醜聞を流され、貶められる。女神様の信徒たちは他の神々を教典に[悪魔]として名を残した。そいつらを信仰した者たちは悪魔崇拝者とし、火炙りに」
「人間を憑き殺す[悪魔]が元々は神だった? そんなわけねぇし」
この世界での悪魔の起源は知らないが、悪魔とは元々異教の神か堕天使[明けの明星]の子である。
それにこの世界でも魔法書や文献に知っている名前が多く記載されていた。
[錬金術師]が『メフィストフェレス』という[悪魔]を召喚し、永遠の命を賭けた知恵比べをしたなんて物語が残っている。その[錬金術師]は負けたそうだが、戒めとしてオチがついている。
「ウガリットの主神は異教徒ギデオンによって石像を破壊された。石碑のひとつは忠告文だろう。壊していたら強力な攻撃魔法が俺たちを襲っていたかもしれない──止めてくれたガノールフに感謝だな」
長い髭で少し分かりづらいが小さく笑う。
触れられたくないのか、今は機嫌が悪いのか。
「そしてウガリットの主神はふたつの[悪魔]として語られている。ひとつは【頭蓋骨模様の翅を持った蠅の悪魔】、もうひとつは【様々な生物が合体したような異形の悪魔】」
ならば【魔法使いの地下工房】の持ち主は悪魔崇拝者か?
いやそれは違う。この階段の壁にもウガリット文字が書かれており、ご親切な事に絵まである。
海の神との対決。死の神との対決。荒れ狂う戦いの女神。
間違いなくウガリット神の信者だ。
「3枚目の石碑にだけ正しいウガリット神話が書かれていた。正解はそれしかない」
「なるほど」──感心したように息を吞むノラ。小さくてハッキリとは聞こえないが──「パパと同じで作り話が上手なの」──なんてつぶやく。
探偵としての腕前を評価されると思ったが、その場のほとんどが『へー、そうなのね』という顔つき。
確かにこの世界にない宗教をあたかも歴史に存在したように語るのは少し胡散臭かったかもしれない。
こういった謎解きはどうも知恵のひけらかしになってしまっていかんな。
秘密の扉を開けるだけなら簡単な謎解きの方が見栄えがいい。次は『朝は4本、昼は2本、夜は3本』程度にしてくれ。──……冗談だ。難しければ難しいほどありがたい。




