【解読】‐Decipher‐
【アルバ】本作の主人公。職業:探偵。
【ティファ】新米の助手。職業:医者。
【ノラ】依頼人の幼女。
【ガノールフ】元王宮魔法使いの老人。
【レリック】品がない冒険者。職業:剣士。
【アン/ドゥ/トロワ】レリックの取り巻き娘。職業:魔法使い。
石碑をじっと眺めていたらゲシュタルト崩壊してきたから、頭の整理をしようじゃないか──。
今回の依頼内容は【地下迷宮で亡くなった父の死の真相を解き明かしてくれ】というもの。依頼者は【ノラ】という魔力を持たない少女で被害者との関係は[親子]。
被害者【ヴィドック】。
【初級地下迷宮でしか手に入らない貴重道具の取得】の依頼を行っている最中に行方不明に。地下迷宮のルールに基づいて考えると絶命しているものと思われる。
彼の死の真相を探るべく初級地下迷宮を潜ったのは[探偵]である俺、その助手であり[医者]ティファ。
[剣士]レリックとその取り巻き[魔法使い]娘たち。──こいつらはなぜ参加しているのか分からん。
そして最後に、この国の王子に魔法の基礎を教えていた[元人間種最強の魔法使い]ガノールフ。
俺たちを迎え入れた謎はヴィドックが消えた初級地下迷宮の最下層にある前世の[ウガリット文字]で書かれた4つの石碑。
ノラの話を聞くにヴィドックは【解読魔法】を習得していたようでこの難解な文字をすぐに理解出来たはずだ。しかし彼は【貴重道具の取得】という何度もここへ足を運ばなければならない依頼を受けた。──それは読めるが解けないなにかがあったから。
「おい魔力なし。もうずいぶんと時間たってんじゃねぇか」
「頭良い振りしといて結局わかんないんじゃない」
「正直に言って心折れてるっしょ」
「逃げてもいいけど? 出口はこちら負け犬様のお通りでーす」
レリックたちがこの階層の奥にある小道を指さす。
小道の先には女性の形をした石像が存在しており、そこの前で跪いて頭を下げることで【地下迷宮攻略】と見なされ入り口へと帰還することが出来る。
あの石像がこの階層に存在するということは紛れもなくこの地下迷宮の最下層がここであるということ。
「……ちょっと離れたいの」
「理由は?」
ノラは足をもぞもぞさせて、恥ずかしそうに微笑む。
どうやら生理現象のようだ。──「どっちだ」──と聞くとティファに横っ腹を軽く殴られた。
「ひとりでは危険だからティファを連れていけ」
「え? でもボクは──……モンスターが出てきても倒せないし」
「そしたら全力で逃げろ。ここは安全地帯のようだから心配はいらない。4階層には戻るなよ」
「いやでも」と目で訴えるティファを無視して背中を押す。
ダムが決壊する前に用を済ませられる場所を見付けてやれ。
ふたりを送り出し、再び石碑へと視線を向ける。
異世界の言葉を習得するのに3カ月もかかった探偵劣等生な俺では、少ししか解読出来なかった。
単語をいくつか。
【1枚目】──[蠅][頭蓋骨][糞][王][暴食]。
【2枚目】──[石像][冒涜][母][破壊][罰]。
【3枚目】──[強者][妹][農業][王][嵐]。
【4枚目】──[蛙][猫][蜘蛛][王][透明]。
「ああ、まったくだ。心が折れた。さっぱり分からん」
自分に呆れて笑い出してしまいそうだ。
レリックたちも馬鹿にしたように笑い。──「役立たず」「イカサマ」「魔力なし」──と散々に言ってくる。
「すまないが俺にはお手上げのようだ。負け犬らしく逃げるとしよう」──同情を誘うように情けなく微笑む──「ただ最後にお願いがあるんだ」
「は? 何様だよお前」
「このままじゃ父の死の真相を探るため、ノラは何度もこの地下迷宮を訪れることだろう。解けるわけもない謎を追い求めて短い人生を浪費していく。あまりにも酷だ」
「……で、なにが言いたいわけ?」
「この石碑を壊してしまおう。今ここで」
拳を叩くように石碑に打ち付ける。
当然のことながら硬い。ちょっとやそっとじゃ壊れそうにないが魔法ならば簡単に破壊できる。
レリック、アン、ドゥ、トロワ。の順に石碑の前に並ばせた。
「いいじゃねぇか。退屈してたんだ、最後にスッキリしなくっちゃなぁ」
「てかこの依頼を受けたいって言ったのレリックじゃん」
「まあもう帰れるんだし良くない? これ壊しゃあ、あのガキが悩まなくて済むってことなら……これ善行じゃん。やば、私らやさしっ」
「飽き性なレリック様、かわい」
レリックは剣を構え、取り巻き娘たちは魔法の杖を構える。
「ノラが帰って来る前に早く頼む!」──俺の声を合図に魔法詠唱を始めた。
[剣士]のレリックは【肉体系強化魔法】。
アンは【転移魔法】が一番得意だと言っていたが魔法属性は火。
ドゥは【水属性魔法】、トロワは【風属性魔法】の使い手。
各々自分たちが扱える最大魔法を石碑に向かって放──。
「血迷ったか馬鹿者め‼︎」──怒号が響く。老人とは思えないほどの大きさで。
石碑に向けられていた攻撃は届くことなく術者が伏してしまう。
4人とも身体を地面に押し付けられて拘束せれている。──地面から突然と現れた[土塊人形]によって。
[土塊人形]は【土属性魔法】によって生み出される魔法生命体(動く土で出来た人形を生命体と定義していいんのか難しいが)である。
魔力を流し続けないと形を保てないため土に戻ってしまう。
そのためレリックたちは大量の土に潰させる。ほっといても出てこれる量のはずだ。
「……なぜ止めた。ガノールフ」
「我々は謎を解きに来たのだ。地下迷宮荒らしではない」
「こんな石碑が壊れても誰も困らないと思うのだが」
「そういう問題ではなかろう。……そもそもこの石碑を壊そうとしたらなにか良くない事が起こるやもしれん。現に大昔からここにあるのに傷ひとつないではないか」
言う通り壊された形跡はない。
冒険者はレリックたちのようにガラの悪い輩の方が多いというのに。
どうやら俺は解けない謎を前に自分を見失ってしまっていたようだ。
老人[魔法使い]の殺気立った言葉で我に帰ることが出来た。
頭が冴えたような気分である。
「アルバ。いまのなに?」──用を済ませて帰ってきたノラ。石碑を壊そうとしたのを見られたらしくかなり怒っている。
その後ろにいるティファも修羅場を見てしまった第三者のような、よく分からない気まずい顔をしていた。
「ちょっとした気遣いだ」
「そんなのいらない。ノラはパパの死の真相を知りたいだけなの。邪魔をするなら──」
「魔法書は文字が読めなくても魔力があれば誰にだって使える、と言うよな」
今にも殴りかかって来そうだった幼女は理解不能な言葉に戸惑い立ち止まる。
魔法書の話がというわけではなく、この場面でそれを言う理由に戸惑う。
「それは魔法書を製作した[魔法使い]が魔力を封じ込めているからだ。だから使用者は少ない魔力で強力な魔法を使うことだって出来る。魔法自体を封じ込めてしまえば無詠唱の魔法だって難しくない」
「……もしかして」──この幼女は感が良い。こんな思わせぶりな言葉回しでほとんど理解した。──「この石碑にもびっしりと文字が書かれているの。魔法書みたいに製作者が魔力を込めていれば」
「えっと。つまり、なんらかの魔法が発動するのかな?」
「可能性は高い」
「じ、じゃあ。レリックたちを土から出してあげて4つの石碑に同時に魔力を──」
「その必要はない。魔力を注ぐのはひとつだけだ。残りは【正しくないもの】だからな。──ガノールフ。3枚目の石碑に魔力を注いでもらえるか」
自分に白羽の矢が立ったことに驚くガノールフ。
石碑を守ってくれた張本人であるし、現在すぐ動ける魔力持ちは他にはティファのみ、[回復職]だというのに少ない魔力をここで消費させるわけにもいかない。
「仕方あるまい」──石碑に両手をつき、ガノールフの体からオレンジ色の靄が石碑へと流れていく。
「うぃえええ⁉︎」──ティファの情けない声。地面が揺れている。
まず4階層に繋がる階段までの通路が塞がれた。
そして右の壁に新しい扉が出来る。扉は開いており、下へと続く階段。
明かりはほとんどなくかなり暗い。
「……【魔法使いの地下工房】」──思わず言葉が出てしまった。
[魔法使い]が良からぬことを企むときは決まって地下である。
【魔法省】の報告書によれば【[魔法使い]は必ずと言っていいほど自宅の地下に禁書庫がある】とのことだ。
またもっと過激なことをする場合このように地下迷宮に隠し工房を作ってしまうのだ。
この世界にあってはならない禁書の保管。邪悪な魔法の研究。悪魔崇拝。──挙げだしたらきりがないけれど、この先にはそういったろくでもないものが待っている。