【宿敵】‐Archenemy‐
【ベルカーラ】アルバの婚約者。職業:剣士。
【プレラーティ】ルガルアン皇帝のひとり娘。職業:錬金術師。
私、ベルカーラ・ウェストリンドはそれほど感情が豊かなほうではない。
婚約者のことを想うと情緒が不安定になることもあるけれど、それはあくまでもアルバ限定の感情である。
誰かに『魔力なし令嬢』と陰口を言われようと、専属メイドが調子に乗っていようと然程怒りはおぼえない。
──二巡目の人生というのも関係しているのだろう。
怒りはなく、喜びはほどほどに。
私の心が波打つことは少ない。
少ないが時に津波のように感情を飲み込むことがある。
アルバがプラスの感情を与えてくれるのなら、その真逆も存在するわけで……。
「あら。おひとりですのね。仲間に囲まれて自分だけ安全地帯、なんて状況かと思っていましたのに。まあ、こちらとしては手っ取り早く殺せるので文句はないのですけれど」
「──皇女プレラーティ」
明るすぎるピンク色のロール髪の[狼亜人]。
顔面偏差値が変わるほど化粧が施され、ハート型カラコンが入っている。
所々ハートの装飾がされた派手過ぎるピンクのドレス。
紹介しよう。
彼女こそ世界一醜悪な女。
皇女【プレラーティ・ルガルアン】。
プレラーティは屋根の上に腰掛け、孔雀の羽のような扇をはためかせ。
勝ち誇ったような顔でこちらを眺めていた。
はっきり言うが、私はこの女が嫌いである。
前振りの感情が薄いという話がなんだったのだと思われてしまうだろうが、腹が煮えかえる程に嫌いである。
一巡目の人生、私は彼女の策略によって殺されたと言っても過言ではない。
皇帝は傀儡であって、実際のルガルアン帝国トップは彼女だのだから。
それよりまず──声が──顔が──素振りが──思考が──服のセンスが。
とにかく気に入らない。
「ごきげんよう。地獄に落ちて下さい」
大剣を構え、勢いよく地面を蹴る。
高く跳ね、すぐにプレラーティの鼻先に。
「【強化魔法】も使えずその身体能力。なんて野蛮。貴女みたいなメスゴリラはすぐに駆除するべきなのですわ」
「なんとも皮肉。害獣は貴女です」──耳と尻尾だけ見れば可愛い犬畜生なのに。
睨み合い、殺意が重なる。
ある意味、相思相愛なのかもしれない。
彼女は[職業:錬金術師]。
単純な力比べなら絶対に負けない。
私の目の前に現れた時点でこの勝負は既に決着しているようなもの。
大剣を振り下ろし、彼女を屠ればいい。
しかし相手は三日月型のような不快な笑みを浮かべた。
「ぐがっ!」──確かに肉を絶った。
【転移魔法】で現れた帝国の兵士を。
プレラーティを守る肉の盾。
屋根から滑り落ちた。
感情を抑え、再び──。
「あらあらまあまあ。貴女がこよなく愛する婚約者様は[人造生命]一匹を殺しただけで罪悪感に押しつぶされていたのに顔色も変えないなんて。言っておきますが、今のは正真正銘の一般兵。なんて罪深いのでしょう」
「──外道」
「なにをおっしゃっているの? 私は一度だって誰かの命を奪ったことなどないのですけれど。だって[錬金術師]は命を創る職業ですもの」
『〝直接的に〟命を奪ったことはない』と言い直すべきだ。
屋根の上に両者睨み合い。
下には帝国の兵が私たちを囲むように陣を取る。
弓兵が私を狙って弓を引き。
魔法職は杖を向ける。
帝国民の避難に兵士がほとんど現れないと思ったらこんなところで人員を割いていたとは。
こんな所で油を売っていないで自国の為に働いて欲しい。
「ひとつ、聞きたいことがあります」
「冥土の土産に。お答えして差し上げても構いませんことよ」
「どうして──アルバなのですか」
「はい?」
「どうしてアルバに執着するのですか。私への憎悪もそれが原因なのでしょう」
ちょっとした疑問だったのだが、プレラーティは不快そうに目を丸めた。
怒りを抑えるように呼吸を整えると、再び嘘くさい微笑みに戻る。
挑発したわけではない。
アルバ的に言うのであれば『動機を知りたい』だけ。
「あんな臆病者に執着など──……いえ、言い訳するのは惨めですわね。認めますとも。私プレラーティ・ルガルアンは王国第三王子アルバート・メティシア・ドラゴネスに恋をしてしまったのですわ」
「……そう、ですか」──冗談? 笑ってあげるべきか。
「あれこそ一目惚れ。膨大な魔力。整った顔。真夜中のような髪色。──欲しいと思いましたわ」
「アルバに恋心があるのなら、こんなこと」
恋など嘘だ。
一巡目の時だって、プレラーティはずっとアルバを苦しませる行動をしてきた。
そんな彼女がアルバを想っているわけがない。
「全部、貴方のせいでしょう? 化石令嬢」
「……なにを言って。これは全て貴女が始めた事でしょう。プレラーティ」
「私はね、欲しいと思ったものは誰にも触ってほしくないの。独占したいのですわ。だというのに、よりにもよって婚約者選びの場に現れなかった【魔力なし】の令嬢が選ばれた。なんたる屈辱か。そんな礼儀知らずな令嬢には世界を呪って死んで欲しいじゃありませんの。──それに私を侮辱したあの男は、汚されて、傷付いて、腐ったりんごくらいに価値を貶めてしまいたいじゃない」
興奮したプレラーティはハンカチで口元を拭う。
「彼の事を私以外が欲しがらないようにしたいのですわ」
彼女の動機は恐ろしいほどに歪んだ〝私怨〟だった。
または〝性癖〟と呼ぶべきだろうか。
「許せない。──そんな理由でアルバを」
「怒ってくださいまし。その鬱憤を晴らせないで死ぬのも滑稽で良いもの」
これほどに他人を憎んだことはない。
形の悪いフルーツみたいな顔にしてやる。




