【兄】‐Me‐
【ユリアス】ドラゴネス第一王子。圧倒的長男。職業:剣士。
兄はドラゴネス王国の第一妃グレンデルの一子にして第一王子。
【ユリアス・グレンデル・ドラゴネス】。
魔力量SSランクの[剣士]。
武器は国王から賜った聖剣【英傑なる聖処女】。
王国を作った戦乙女の武器である。
生まれながらにして兄は騎士であることを望んだ。
であるからして王位にはさほど関心はない。
剣で国民を守り、皆が家族のような国に出来ればそれでいい。
そもそも学がなく、政治が解らぬ。
妹や弟の方が上手く国を動かすことが出来るだろう。
しかし兄は長男だ。
弟妹の指針であらねばならないし、不要な重荷を背負わせたくはない。
だから、王にならねば。
『第三王子が明日、ようやく成人してご対面。つまりは僕たちと王位継承権を争う敵が増える。しかも魔力量【神種領域ランク】の化物だ。暗殺者でも向かわせるか?』
我が末弟アルバートの成人式前日に弟がそんなことを言った。
[龍]と【戦乙女】の末裔であるドラゴネスの王族は成人と見なされる12歳まで家族と顔を合わせることはない。
それまでに礼儀作法・魔法訓練・国をどうやって治めるかを学び。10歳には婚約者選び。周りには使用人のみで王城とは別の屋敷にて暮らす。
もちろんその言葉は冗談であるし、兄がげんこつで咎めると『やるなら赤子の時にやっている』なんて皮肉交じりに笑った。
『しかしだ、兄上。第三王子がもし国を貶める悪ならば、僕たちは奴を討たなければならない。つまりは神を相手するという事だ』
弟の恐れもよく分かる。
SSランクの兄ですら自分と同等の敵が他国にいたら死を覚悟して戦いに挑む。
だというのに末弟はその者たちを遥かに凌駕する。
性格が破綻していればこの世界は終わると言っても過言ではない。
しかしそれは杞憂に終わる。
成人式に現れた末弟は魔力を消す指輪を装備して、ましてや『魔法に頼らない生涯を送ってやるさ』と口にした。
宝の持ち腐れと兵士たちは陰口を叩いたが、力に溺れない強さがあると思う。
末弟と弟はよく口喧嘩をしていたが、互いの否定というよりも議論のぶつけ合い。
まず弟の小難しい話についていけるのが家族内で国王と末弟しかいなかった。
そんなある日、末弟は城から姿を消した。
家族に嫌気が差したのか、王族の重圧に耐えられなくなったのか、兄にはよく分からん。
必死に探したが見付らなかった。
『愚弟の生きる世界はここではなかった。王位継承権を争う相手が減ったんだ、喜ばしい事じゃないか』──弟は捜索の兵を引けと言う。
『家族なんだぞ。離れて良いわけがない』
『剃りが合わない家族なんてどこにでもいる。空を望んでいる鳥を籠に入れ続ける方が不幸だ』
『愛玩動物の話ではない! 末弟は第三王子だ。国民の為に生涯を尽くさねば………………いや、すまない。醜い言の葉だった。ただ兄は寂しいのだろう』
『愚弟ならば心配はない。案外しぶとい。それに魔力を悪用することもないだろうからな』
『弟はいつの間にか兄になっていたのだな』
『意見を変えるつもりはないさ。第三王子が悪に堕ちたのなら、討つのが次期国王の定め』
兄もそうあってくれと強い視線を向けられた。
真剣な弟の言葉に少し困ったように微笑むことしか出来ない。
そもそも末弟が悪に堕ちることなど考えつきも──しなかった。
見ていた限り、なりたい者に突き進む強さ、命を尊ぶ思いやりを有していた自慢の弟だ。
しかし、ただでさえ理解力の低い兄に理解不能な事が起こった。
もうひとりの。しかも女の姿をした末弟が現れる。
目の奥に潜む闇。
冷たい声色。
背筋が凍るほどおぞましい魔力。
同じ点を見付ける方が難しかったが紛れもなく末弟である。
「久しいなユリアス。息災でなにより」
「……あ、ああ」
女の姿をした末弟は俺を抱きしめる。
まるで酷い死に別れでもしたかのように強く。
間違いなく、命を奪われると思った。
戦場をよく知っている。その中には同じ瞳をした者がいて、そいつらは命を奪うことになんの罪悪も持っていない外道だ。
だからこの抱擁が終われば速やかに命を奪われると。
「逢えてよかった。帰ってよいぞ」
「な? ……アルバート様。お言葉ですがユリアス様は厄介な[剣士]ですわ。ここで命を奪わねば──っ」
異議を唱えるルガルアン帝国の皇女プレラーティだったが末弟が睨みつけると小動物のように震え固まる。
それからまた兄に視線を向け「帰って良い」と微笑みかけた。
なにが起こっているか理解も出来ず、言葉のままその場を離れた。
あれは紛れもなく弟が恐れていた存在だ。
兄の責務としてあれを討たねばならない。
……討たねば。
帝都を無心に徘徊する。
全て夢だったのだと自分を誤魔化すように出来るだけ遠くへ。
「すまない、弟よ。兄は悲しい程に兄なのだ」
どんなに悪だろうと家族の命を奪うことは出来ない。
それほどに兄は家族を愛しすぎた。
膨大な魔力がふたつ、帝都を覆った。
帝国の民が恐怖で逃げ惑う。
──混乱。
ヘタレてしまった今の兄に出来る事と言えば被害者が出ないように見守るくらいか。
地獄と表現しても遜色のない最中、ふたりの少女が魔力の元へと向かって走っていく。
そちらに行ってはいけない。
すぐさまその少女たちの前に立ちふさがり道を塞ぐ。
「なんなの。ノラたちは向こうに行ってお助けしなくちゃいけないの!」
「この甲冑。その聖剣。……もしかして」
「悪いがここから先は行かせてやれんのだ。引き返せ」
末弟に背を向けておいて年端も行かない少女たちには立ち向かえるのかと、皮肉交じりに笑ってしまった。




