【石碑】‐Stone Monument‐
【アルバ】本作の主人公。職業:探偵。
【ティファ】新米の助手。職業:医者。
【ノラ】依頼人の幼女。
【ガノールフ】元王宮魔法使いの老人。
【レリック】品がない冒険者。職業:剣士。
【アン/ドゥ/トロワ】レリックの取り巻き娘。職業:魔法使い。
地下迷宮最下層【誰にも読めない文字で書かれた石碑】。
書かれているものは前世、紀元前に使われていた文字。
フルリ語……の表記体系であるウガリット語かもしれない。
【ウガリット文字】はセム語研究をしていたドイツ人によって解読がなされた世界最古の音素文字(発音表のようなもの)だ。
石碑は最下層の作りと同じように石灰岩に似ている。
【土属性魔法】を使われて地面を盛り上げ作られた。
「石碑って地下迷宮が生成された時からあったのかな。それとも冒険者が?」──ティファが素朴な疑問を投げかける。
言葉足らずではあるが、要は『モンスターは倒されると再び配置されるが、地下迷宮の状態はどうなるのか』と聞きたいのだろう。
魔法で壁などが破壊された場合そのままなのか。
「かなりの規模の破壊があったら冒険者の攻略時に元に戻るらしいが、この程度の装飾ならばそのままだろうな。以前ここに来た冒険者の罠も残っていたろ」
「じゃあ、これも前に来た冒険者が作ったもの……」
「おそらくな」──それも俺と同じ〝転生者〟であろう冒険者が。
「だとしても、その冒険者はもうこの世にはいない」──石碑に触れるガノールフ──「私が幼いころからこの石碑は存在したのだ。200年以上も昔の話。生きているわけがない」
200年以上生きている[魔法使い]が言うと説得力が全くないが、その通りなのだろう。
作者不詳の紀元前に使われていた石碑の解読。
探偵ならば心躍る展開だ──が、解読する手立てがない。
それなりに複数の言語を習得している俺だが【忘れ去られた言語(死語)】を勉強するほどの変わり者ではなかった。そもそもこの世界には解読に必要な資料がないのだ。
「ノラ。持っている物をよこせ」──仕方がないので他人の研究成果を盗むしかあるまい。
「……えっと。なんのこと? なにも持ってないよ」──伸ばした袖をふりふりさせた。
「父親の肉体はなくとも所持品は戻ってきているのだろ。ならこの石碑の解読方法を記したメモ帳などがあるはずだ。それをよこせ」──うっとうしい長い袖を掴み豆結びにして動きを止める。ティファにすぐ解かれてしまったが。
「……メモ帳……そんなものが必要なの?」
どうしてそんなに不思議がるのか。なにもおかしいことを言っていないはずだ。
しかしガノールフが──「【解読魔法】というものの存在を耳にした事がある。知らない文字や言語でも理解出来るようになるらしいぞ。ノラの父はその魔法の使い手だったのやもしれん」──と推測を述べた。
…………この世界に生を受けて何度言ったか忘れたが──「これだから魔法は嫌いだ」──[言語学者]だったのだろう? ならばメモを取れ。解読方法を残せ。論文を提出しろ。
発音が分かったとて名詞・動詞が分からんぞ。
ウガリット語なら同じくセム語派のアラビア語などにヒントが隠されているのだろうか?
「見たことねぇ。絵かこりゃ?」
「文字じゃないっしょ。同じマークが何回も使われてるし」
「箒がめっちゃ書いてある」
「思った。でもよく見たら可愛くね?」
「ええいっ! うるさい。どっか行ってろ」──「は? 『行け』たってここなんもねぇじゃん」──「ならそこの宝箱開いて道具回収したらいい」
「ししっ!」と顔の周りを飛んでいる蠅みたくレリックたちを追い払う。
動かないティファに視線を向ける──「ボクはあっちのグループに入っても気まずいだけだから一緒にいても良いかな?」──と困り顔の上目遣いをされた。
「静かにしているなら構わない」
「うん。それ得意」──隣で三角座りをした。流石にスカートの隙間から下着が見えそうになったから俺の上着を被せる。──「ありがと。……でも寒くないよ?」──なんだこの危機感のない鈍感[半妖精]は。
いかん、気が散った。
石碑は4つ。両面びっしりと文字が書かれている。
運が良ければ3割くらいなら理解出来るかもしれ──……。
「なあティア」──「ん」──「お前はこの石碑を見てどう思った?」──「大きい」──「いや、石碑自体ではなく」──「なんかびっしり線がいっぱい描かれてるなぁ。とかかな」──「『文字』とは思わないか?」──「うーん。聞かされてたから『文字なんだろうな』とは思うけど、この世界のどれとも似てないし知らなかったら【細かい絵】みたいに感じるかも」
確かに【小魚みたいなのが沢山描かれた絵】のようである。ずいぶんとヘタだが。
見たことのないものを『文字』と断言するのは難しいのではないだろうか。
……考え過ぎか? だが奴は他にも引っかかる発言をしていた。
その人物に視線を向ける。皆と宝箱を開けていた。
冒険者の都合の良いことに道具は人数分用意されている。一回の地下迷宮探索につきひとつずつ。宝箱を閉め、他の冒険者が開けたら補充されている。
この説明できないもやもやを【女神様】と片付けたくなる奴らの気持ちもよく分かる。
【レリック】──木の棒。
【アン】──[毒消草]。
【ドゥ】──瓶に入った水。
【トロワ】──短いヒモ。
【ガノールフ】──ふたつのガラスビン。
やはり初級地下迷宮の宝箱。ろくなものが入ってない。
「ゴミだからって捨てずに持って帰れよ」
「ふざけんな! こんなジャマな棒いらねぇよ!」
レリックには高価そうな剣よりも木の棒の方が様になっているように思える。
「えぇ?」──困惑した声が漏れた。声の主はノラ。宝箱を開けたまま固まっている。
【ノラ】──貴重道具[虚偽記憶の水晶]。入手確率0.02%。
子供の握り拳に収まるほど小さく透明な水晶。
奇跡の宝箱開封に本人は目を丸め「あわわわ」と震えるばかり。
ただしティファの顔に不快の色を見た。──おそらく水晶はレリックが使った記憶改変アイテムと同じものなのだろう。
つまり【休日ひとり地下迷宮】で手に入れていたことになる。始めて潜った日に貴重道具を手に入れたら舞い上がって酒場で飲み潰れるのも納得出来るな。
入手0.02%。──そんな鬼確率を初回で勝ち得た強運の持ち主がここに2人もいる。なんといったらいいか。
奇跡と片付けてしまってもいいのだが。偶然か、必然か。または──……。