【従者】‐Retinue‐
【ネネルカ】ベルカーラの専属メイド。拳闘士。
【ルパナ】魔法省。律儀な悪女。職業:女盗賊。
【ノーネーム】プレラーティが雇った殺し屋。職業:蟲使い。
ルガルアン帝国の首都を走り続けるがノーネームの居場所は掴めない。
正直、傷もかなりもらった。
蟲の中には毒を有している個体も数多くいるが、幸いなことに毒への対処法は心得ている。
「大体わかったわ」
私が頭を抱えるとルパナさんが呟く。
彼女は逃げ回っていると見せかけて宝石店などに横切ると品物を拝借するような人物だが、なにを理解したと言うのか。
「見なさいよ。大型の蟲は連携が取れているけど小型の蟲は落ち着きが無くなっているわ」
「それは大型な物より操るのは難しいだけじゃないっすか?」──ましてやふたりの【神種領域ランク】の[魔法使い]が対峙している戦場ならばなおの事、遠距離で魔力操作は難しい。
「うーん。最初は小型の蟲で人の形を生成していたのに?」
「……そうっすね。魔力操作は一級。なら魔力量が底をついてきたのか、距離の問題と考えるのが自然っすね」
「どちらにしても好都合じゃない」
こんな大軍を操っている最中なら、当然のごとく移動行動は出来ない。
集中でき、敵に邪魔されにくい場所にいると考えるべきだろう。
もっとも細かい魔力操作が出来ていたと言えばやはり蟲で女性の形を作った地点だろう。
私とルパナさんは元の地点まで走って向かう。
近づくにつれて蟲たちの攻撃意思は鮮明になり、動きも良くなっていくように感じた。
「静かで、敵に見つからず、広範囲をカバー出来る場所」
「さっきも思ったのだけど、チーズの良い香りがするわ。名産らしいしちょこっと味見を」
ルパナさんは走ってチーズを取り扱う店の前まで。
宝石だけでは飽き足らず、食料まで取ろうとするなんて。
品性に欠く、[女盗賊]としては正しい在り方かもしれないが。
「貴女もどう?」
「いただくっす」──とも思ったが、空腹には勝てず。一口いただく。
……うまぁ。
お嬢様にも喜んでもらえそうだ。
全部収まったら、通わせてもらおう。
羽音が近づく。
いけないいけない。
美味をかみしめている暇はない。
ノーネームの居場所を──……。
「教会」
目の前には門には石膏で掘られた女神像が置かれていた巨大な教会。
ルガルアン帝国の皇帝は代々信仰が強く、教会は帝都のほぼ真ん中に建てられた。
ましてやこの世界の唯一神を讃える場所で戦闘行為するものなんていない。
私たちは教会へと踏み入れる。
孤児たちが暮らしていると聞いていたがもちろん避難して建物内は静かだ。
[聖職者]の影さえない。
通路を進み、礼拝堂。
女神様に許しを求めるように座っている高齢のシスター。
静かにこちらに視線を向けた。
「あら、いらっしゃい」
「シスター。帝都は大騒ぎっすけど、逃げなくて良いんすか?」
「教会を守るのが使命ですから。崩れるというなら、その時は私も」
「自分を救うために信仰があるのに、信仰の為に命を捨てるなんて滑稽ね」
ルパナさんが皮肉交じりに微笑む。
「貴女は女神様を信じておられないのですか?」
「神も他人も信じちゃいないわ」
高齢のシスターはその言葉に同情も不快も見せない。
ただ小さく頷いた。
「他人に重きを置くから恐ろしく感じるのです。裏切りに傷付きやすくなる。でも信じるというのはきっとそういう事ではなくて、裏切られても傷付かないと〝自分〟を信じること。その相手を許せることだと思うのです」
「へぇ、言うじゃない」
「殺し屋が他人に説法っすか? ノーネーム」
相手の微笑みが力む。
ほぼ勘だが、彼女からはよく知っている臭いがする。
毒の臭いだ。
蟲の女性とは見た目がかなり違うが、殺し屋がわざわざ正体を晒すわけがない。
「はて、誰の事でしょう」
「[蟲使い]は遠距離で蟲を操る際、魔力操作能力を高めるために魔法道具を使用するらしいっすね。貴女がそれを持っているなら証明になるでしょう」
「それってこれかしら?」
「へ???」──私とシスターの声が重なる。
ルパナさんの手元に紫色の球体。
魔力操作能力を高める魔法石である。
「い、いつの間に!?」
「袖の隙間にキラキラした物が見えたから、ついね」
「ずっと隣にいた気がするんすが」──魔法が使えない現状でそんな芸当が。しかも『つい』って。
高齢のシスター、もといノーネームの本体が苦虫を嚙み潰したような顔になる。
懐から禍々しい見た目をした手の平サイズの壺を取り出す。
「我は万を憎む者。悪を喰らい、我がうちに万を屠る毒を完成させたし──【蠱毒】!!」
壺が割れ、おぞましい黒い液が床に零れる。
その液は次第に形を作り。
蟲の化物へと変貌する。
甲羅は固く魔法なしの拳ではとてもじゃないが通らない。
「ネネルカ」
初めてルパナさんが私の名前を呼ぶ。
視線を向けるとこちらに向けて宝石らしき物をふたつ投げ渡す。
「さっきお店から盗んでた宝石っすか」
「失礼ね。店主が戻ったらちゃんとお代は払うつもりだったわ。それに宝石じゃなくて、魔法石だから。ひとつは爆炎魔法。もうひとつは炎属性魔法強化。なにをするのか言わなくても分かるでしょ?」
「感謝カンゲキ雨嵐っすね」
私は走って化物の懐に潜る。
一発殴りを入れるがやはり魔法生物のくくりではないようでダメージは与えられない。
化物はすぐさま反応し、鋭い口をこちらに向け──その瞬間、ふたつの魔法石を口内に投げ入れる。
〝着火〟。
「ふぎゃっ」──距離を取るが爆風が思ったよりも強く吹き飛ばされてしまう。
化物は頭が吹き飛ばされ、地面に伏した。
逃げようとしていたノーネームだったがその巨体に押しつぶされる。
巻き込まれたのは足のみ、動けないだけで命に別条はない
「さっきは随分とそれらしいこと言ってくれたけど。裏切る側の意見って感じだわ」
「信じないって言いながら人に期待しちゃうルパナさんには響かないっすね」
「そ、そんなんじゃないから」
頬を赤らめるルパナさん。
案外可愛い所がある。
いやぁ、それにしても働いた。
もう帰っても文句は言われないかもしれない。




