【蟲使い】‐InsectController‐
【ネネルカ】ベルカーラの専属メイド。拳闘士。
【ルパナ】魔法省。律儀な悪女。職業:女盗賊。
【ノーネーム】プレラーティが雇った殺し屋。職業:蟲使い。
「敵の姿が見えないっすね」
「ええ。周りにはおびただしい程の蟲はいるけど」
住民の避難の最中に敵の声。
ルガルアン帝国の皇女プレラーティ様の手の者。
プレラーティ様は[職業:錬金術師]で、[人造生命]の技術を使い魔力量【神種領域ランク】の[魔法使い]を造ったそうだ。
邪魔になるのはもちろん同じ【神種領域ランク】のアルバート第三王子。
その仲間もついでに消しておきたいというところだろう。
正直、公爵令嬢の専属メイドである私がこの戦いの役に立てるとは思っていない。
【神種領域ランク】──そのまま、神の領域の存在である。
他がどう争おうと意味はない。【神種領域ランク】のどちらが勝つかで世界の命運が決まる。
私はただ、第三王子が勝つと信じて犠牲を出さず耐えきるのみ。
公爵令嬢の専属メイド【ネネルカ】。
[職業:拳闘士]。
魔力量:D。
装備武器:[魔封石龍]の化石【ナックルダスター】。
装備効果:魔法完全無効。
「厄介よ。この蟲たちは魔法で作られたわけじゃないから、この化石はただの武器だわ」
ルパナさんは「撤退しましょ」と言わんばかりに顔をくいっと動かす。
「そうとも言い切れないっすよ。この群衆を魔法で操っているのなら[蟲使い]を捕らえれば良いだけの話」
「でもどうやって魔法術者を見つけるわけ? [蟲使い]の魔法はかなり遠距離でも使用出来るわ。しかも住民が逃げているこの混乱の中で見つけるなんて」
「じゃあ片っ端から殴れば良いんすよ!」
「なんて大胆野蛮な……」
[蟲使い]なんて陰気な職業を選ぶのは相当の変わり者か悪人くらいなものだろう。
たぶん目を見れば解る。
「もし違っても、帝国民すからね」
「そうなのよねー……。どうせ、敵国。ましてや戦闘狂民族の子孫たち。滅びてくれた方がドラゴネス王国の理になるのは間違いない。国に仕える魔法省としては助ける義理なんてないんだけどね」
──でもお嬢様が戦っている。
だったら使用人の私だけ帰ることは許されないだろう。
ルパナさんも同じ気持ちだったのか頭をかいて深いため息をついた。
「こういう生物操作系の術者の戦法って案外似るのよね。大抵は敵と自分の周りに戦力を固める。でも[蟲使い]となると暗殺目的が多いでしょう。その場合、自分の周りに置くのはかえって位置を知らせることになるから避けるはず」
「──となると?」
「全然わからないわ」──キリっと清々しい程の返答。
「あの、真面目にやってもらっても良いっすかね」
[蟲使い]本体の周りには虫がいない。
遠距離職業においてそんな推測はまったく役に立たない情報である。
「しょうがないじゃない。だって魔法生物じゃないんだもの。ただの害虫共の駆除方法なんて魔法省は教えてくれなかったわ」
「火属性魔法なら一瞬なんすけどね」
「私は水系統の〝隠密魔法〟。貴女は?」
「風系統の〝肉体強化〟っす」
「ダメね。打つ手なしじゃない」
「そもそも『装備外したら敵の魔法で洗脳されるかもしれないから出来るだけ外すな』って言われてるっすからねー」
「じゃあやっぱり逃げるしかないわね。お先に──」
ルパナさんが蟲たちのいない方向へ脱兎のごとく走り出す。
流石は[女盗賊]。私を置いていくのも躊躇がない。
仲間っすよね?
「逃がしませんよ」
蟲の群れが集まり形を作っていく。
──人型。
それは女性の形を作りルパナさんの前に立つ。
「悪趣味な魔法ね。[蟲使い]」
ルパナさんは取り乱すこともなく蟲で作られた女性に斬りかかる。
[魔封石龍]の化石【短剣】。
斬撃は身体をえぐったがすぐに再生する。
ただの蟲の集まりなのだから当然かもしれないが。
後ろに大きく飛び距離を作るルパナさん。
逃げるための穴は突然と表れた彼女に埋められてしまい完全に包囲されてしまった。
見渡す限り蟲の海。
「やだやだやだ」──そのおぞましさに私たちは身体をかく。
「この国を包み込む膨大なふたつの魔力。貴方たちが第三王子と合流して、なにか出来るとも思えまえませんがプレラーティ様からの依頼ですので。速やかに命を頂きます」
紫色の髪にずっと寝ていないんじゃないかと思う程に目の下のくまが濃い。
虫を連想するような奇抜なファッションに蜘蛛のようなマスクで口元を隠している女性。
聞かなくとも彼女が蟲を使役している術者である。
「その姿、手配書で見たことがあるわ。[蟲使い]の殺し屋。魔法省の情報収集能力をもってしても詳細不明。少し前までドラゴネス王国で活動していたわよね。……今は皇女の専属暗殺者ってとこかしら」
「詳細不明の【名無し】。心底不気味っすね」
「こちらも仕事ですので羽振りが良ければ誰の依頼であっても受けますとも」
「尻軽ね」
「お金に一途なだけです」
黒く微笑みかけ、小さな蟲たちは彼女の手元に集まり形を成す。
両手剣に。
「お覚悟」──こちらに羽音交じりの走りで距離を詰める。
そして斬撃を──。
「はぁ!!」
ノーネームの上半身が消し飛ぶ。
正しくは上半身を型取っていた蟲たちが散りになる。
私の殴撃によって。
「ふぅぅ」
「……え、強っ。魔法なしで」
「これでも幼少より【魔力なしのお嬢様】を守る為に特訓してきた身っすから。それに集まってくれた方が的がでかくて楽っす。ちまちま殴り散らすのは手間っすからね」
「貴女、見た目によらず頼りになるのね」
ふふん、と胸を張る。
気のせいか蟲たちが後ろに引いた。
さっさと本体見付けて、ワンパンKOっす。




