【幕間】‐my lady‐
【ネネルカ】公爵令嬢の専属メイド
【ベルカーラ】公爵令嬢。
「いいかい。君はウェストリンド公爵家の所有物であり。お嬢様に一生を懸けてご奉仕する事が喜びだと知りなさい」
ウェストリンド公爵家執事長をしている父上のお言葉。
私はその言葉に「心得ています」と返事をした。
生まれてすぐ従者に必要な物の全てを身に着けられた。
全ては公爵令嬢の為。
「今日からお嬢様の専属メイドをさせていただく、ネネルカと申します」
「ふん。どうせ他のメイドみたいにすぐに辞めるでしょうけどよろしく」
【ベルカーラ・ウェストリンド】。
綺麗な赤髪。目付きは悪いが端正な顔立ち。
性格はわがままな典型的な貴族令嬢であったが性格にケチをつけるのは私の仕事ではない。
歳は数個下で、仕え始めたのはお嬢様が9歳になった誕生日だったと記憶している。
「お父様。私、自分の頭くらい大きな宝石が欲しいわ」──好きな物は宝石。特に自分のイメージカラーと同じだからかルビーを好んだ。
「まっず。なんなのこの味は。料理長を呼びなさい!!」──舌が肥えているようで、自分の好みではない料理が出てくると不機嫌になる。しかも毎回好みの味がころころ変わる。
「これ捨てといて」──同じドレスは二度と着ず、一度着たら捨てる。デザイナーが毎回頭を抱えている。
貴族令嬢なんてどこも同じだろう。
しかしベルカーラお嬢様の場合、【魔力なし】ということも原因になっているのではないだろうか。
この世界は魔力量で人の価値が決まると言っても過言ではない。
魔力量E以下でも嗤われるのだから【魔力なし】がどんな目で見られているか。
ウェストリンド公爵家の令嬢と気を遣えど、後ろ指を刺す者ばかり。
だからこの哀れなお嬢様は、財力を見せつけるしかないのである。
けれど私だけは知っている。
お嬢様の心の芯はお優しいのだと。
高熱に倒れ、三日三晩私が面倒を見ていた日にかすれた声でこう言った。
「ありがとう」──人として当然の言葉かもしれない。けれど使用人に感謝する貴族令嬢などいない。
魔力に恵まれ、心に余裕があれば。
──さぞかし出来た令嬢にもなれただろうに。
少しだけがっかりな微笑みが零れる。
そんなある日、ドラゴネス王国第三王子の婚約者選びが行われる事が決まった。
もちろん公爵令嬢であるお嬢様にも手紙が来た。
その手紙をお嬢様の寝室へと持っていき、伝えに──。
静かでとても冷たかった。
カーテンは閉め切られている。
床には割れたコップと零れた飲み物。
眠っているお嬢様の唇が青く変色しているように見えた。
──違う。
これは現実ではない。
信じない。私を驚かそうとしているだけだ。
揺らしても反応はない。
口のにおいを確かめる。
暗殺阻止の教育でなんども嗅いだ、毒の臭いが微かに。
──……自死?
それとも他殺か。使用人。他の令嬢。宝石商。料理人。仕立て屋。──容疑者が多すぎる。
「……起きてくださいっす、お嬢様。気持ちが良い朝っすよ」
こんな言葉使いをしたら、いつものお嬢様なら怒鳴り散らすはずだ。
掛け布団を取り、遺体を──。
「んー……。もう5分ほど、眠らせ──てぇ!?」
がばっと起き上るお嬢様。
先ほどまで青ざめていたが今は血色のいい顔で。
「生きている。どうして?」
聞きたいのは、こちらである。
それからのお嬢様は言葉通り、生まれ変わった。
散財を止めて、礼儀作法もしっかりとしている。
他の使用人からは天使様がお嬢様に憑依したと噂されるほどの変わりよう。
しかも舞踏会に行ってもいないのに第三王子の婚約者に選ばれる始末。
私はというと未だに舐めた態度を取ってお嬢様を試している。
しかし一向にキレ散らかすことはない。
全くの別人になったかと思いきや、癖や好きな物が同じだったりする。
「化石堀りに行こうと思います」
しかもとち狂ったことまで言い出す。
すぐに飽きると思って着いていけば本格的に化石を掘り続けた。
汚れも気にせず力仕事する貴族令嬢がどこにいる。
そのせいで【化石令嬢】なんて称号まで得た。
(まあ、【魔力なし令嬢】よりは断然マシだが)。
化石堀りの為に世界を巡った。
「ネネルカは公爵家で留守番をしていても良いのですよ」
「専属メイドっすから。地獄の果てまでお付き合いするっすよ」
「ありがとう。貴女のような〝友人〟を持てて私は幸せ者です」
使用人を友人と呼ぶ。
まったくもってどうしてしまった。
新生お嬢様はこんな歯がゆいセリフをよく言う。
本当に聖女様でも憑依したのではなかろうか。
──現在──。
ルガルアン帝国にて膨大な魔力がふたつも現れ、混乱する国民たち。
逃げ遅れた者たちを誘導する。
「それにしてもお互いに難儀な主人を持ったもんすね」
「本当に。誰かの為に尽くすなんて私のスタイルじゃないのよ」
魔法省勤めのルパナさん。
第三王子は現在王位継承権を捨てているため魔法省とは関りがないはずだが、彼女は義理堅く仕えている。
「仕事ってわけでもないでしょうに。ご苦労様っす」
「あら。それを言うならここまで令嬢に付き合う使用人もいないと思うわよ」
「専属メイドっすから」
お互いに皮肉めいた微笑みを交わす。
動機は違えど彼女とは似たもの同士である。
「第三王子のお仲間とお見受けします」
暗く囁くような声がした。
しかしはっきりと耳に届く。
声の先を除くと民家の屋根上に──ムカデのような巨大なモンスター。
ルパナさんの方から「うわぁ」と焦りの声がした。
「誰っすか?」
「【ノーネーム】。皇女プレラーティ様の命により、お命いただきに参りました」
ここに難儀な従者がもうひとり。




