【齟齬】‐Discrepancy‐
【アルバ】本作の主人公。職業:探偵。
【アルバート】別の世界のアルバ。職業:魔法使い。
どうか、夢であってくれと願っている。
[探偵]の物語において、多元宇宙の自分が現れることなんて──ましてやそれが女体化しているなんて、ありえないのである。
たとえ魔法が存在する世界だろうと、許容範囲外ではなかろうか。
こんな事が続くようなら冗談抜きに探偵稼業から足を洗った方が良いとさえ思ってしまう。
だから魔法が嫌いだ。
俺の生きがいを、俺の信念を、全力で否定してくる。
その権化とも言える人物が、現在目の前にいるのだ。
「我々の相違点を探ろうではないか。ささ、席に着け」
アルバートが指をぱちんと鳴らすと。
大理石で作られた机と椅子が現れ、そこに豪華な食事が並ぶ。
椅子はふたつ。
俺とアルバートの分で、ティファのものは用意されていない。
目線も合わせず、完全に無き者としている。
「まさか低魔力差別主義者か?」
「何を驚く。魔力量こそ、存在価値の証明だ。その[半妖精]程度では家畜同然ではないか。召喚の生贄にも使えん」──「そもそも[半妖精]とは魔法の達人。その者の存在は我が友への侮辱である」
まさしく典型的[魔法使い]の思想そのものだな。
「そうか。なら互いに友人を侮辱したということで手打ちにしよう」
「家畜と友と呼ぶか」
皮肉を交えて微笑む。
女の見た目ながら表情は俺と同じせいか、必要以上に腹が立った。
話題のティファはと言うと膨大な魔力に当てられて白目を向いている。
一応魔法耐性をつけるために[魔封石龍]の化石の欠片を持たせているのだが、魔力による酔いは起こるらしい。
「──して、我と貴様の相違点だ。この世界の分岐点がどこにあるのか」
そうしてアルバートは自分の人生を語った。
手に入れたもの、戦果。
失ったもの、奪ったもの。
まるでフランスの女軍人ジャンヌ・ダルクを失ったジル・ド・レの堕落までの物語を聞かされているような気分になった。
そうして俺は自分の人生を語った。
手放したもの、出会った者。
[探偵]とはなにか、いままでの事件。
意外にもアルバートは横槍も入れず俺の話に耳を傾けていた。
もちろん転生者ということは言っていない。
分岐点はおそらく〝それ〟だ。
前世で探偵をしていた記憶があるか、ないか。
たったそれだけの違いで──……。
「うむ。なかなかに面白い話ではあった。──道化の物語にしてはだが」
「お前の救いようのない悲劇よりもマシだろ」
「救いはあるとも、その悲劇を喜劇にするべく平行世界に来たのだから」
「それが、お前の動機か」
話を聞いて予想は着いた。
アルバートは戦争で勝ち続け英雄と讃えられたが、敵国に捕らえらえ妻ベルカーラを失った。
妻を取り戻すべくどんな犠牲も払ったが、死者を蘇らせることは出来ない。
そんななか、別の世界で妻がまだ生きている事を知った。
しかもその世界に赴く事に成功したとなれば。
やることはひとつ──。
「別の世界の自分を殺し、入れ替わる」
そうすればもう一度やり直せるとでも思ったか?
「大掛かりな方法で神父を殺害したのは、ただ俺をおびきだす為か?」
「まあ、遠からずだな。しかし奴は近い未来に戦争の火種を作る。奴が面倒を見ていた孤児の中には『記憶魔法完全無効』のガキがいてな。あの神父はあろうことかそのガキを【女神様の声が聞こえる者】と風潮した。記憶を覗けないのだから真偽を確かめることも出来ない。困ったことに皇帝はガキの言うことを全部信じた。全て神父に言わされてるとも知らずに」
「……だから殺したのか。未来、神父が行う事への復讐として」
これから行う罪の代償を払わされたのか。
「むしろ感謝されても良いくらいであろうに」
「なぜ孤児たちの記憶を書き換えた?」──その殺人に正義があったのなら、必要のない事のはずだ。
「皆があの神父に感謝の念を抱いていたのでな。これから奴がする蛮行を見せてやっただけだ。他者を信用すると痛い目に合うぞと」
「あくまで、正義と言うんだな。なら帝国が戦争を始めないように監視する他国の地下施設はあの町にはなかったか」
「いや、あったな。数は3つ。総勢850人程。例外なく土の下だ」
平然とそう言った。
「我が妻は死の間際言ったのだ「この行いが悪ならば災害となって復讐する」と。少数を殺めれば、それは悪だ。しかし多数を殺めればそれは災害だ。奴らが行った行為は悪である。ならば我は災害となって妻の復讐を果たそう」
「俺の知るベルカーラはそんなこと望まないと思うが」
「やはり食い違いが多すぎるな。[探偵]アルバ」
語ることは全て語ったと言わんばかりに立ち会がる。
「それから貴様の推理とやらは外れている。我が貴様を殺してこの世界に住み続けるなどと。言うなればこの世界は夢幻そのものだ。ここで全てをやり直そうと現実は変わらん。ましてやこの身体では世継ぎも残せんしな。夢や妄想に救いを求めてはいない。ただ、我が妻を取り戻したいだけなのだ」
「──……死者の蘇生は不可能だ。諦めろ」
「誰が定めた? 唯一この世界でそれを成し遂げた者がいるだろう」
伝説の時代、死者の蘇生に成功しそれから彼女はこの世界で唯一の神となった。
それが女神が女神たる所以だ。
「女神も我等と同じ【神種領域ランク】の[魔法使い]だったそうだ。ならば叶おう。手がまだ届かないのであれば魔力量を増やすのみ」
『魔力量を増やす』。
生まれながらの魔力量は自力では決して変わらない。
他人から奪うという手もあるが所詮は借り物、消費すればもちろんなくなる。
しかも適合しない為、大規模魔法を放つために自分の魔力と他人の魔力分を合わせるという事が出来ない。
だが、別の世界の自分の魔力ならば話は別だ。
「貴様が妻の蘇生を邪魔するのであれば──我は全力で貴様を否定する」




