【可能性(下)】‐Multiverse‐
【アルバート】ドラゴネス王国第三王子。職業:魔法使い。
【ティターニア】謎が多く膨大な魔力を持った妖精王。職業:聖職者。
【プレラーティ】ルガルアン皇帝のひとり娘。職業:錬金術師。
【多元宇宙】──ここと同じ人物、常識が存在する並列世界。
コップの水を零せば、零さず飲み切った時空が出来る。
そう言った選択の微妙な違いによって生じた別の可能性。
互いに干渉し合う事はまずない。
しかし我は現在、その壁を抜けようとしている。
「魔力とは魂の具現化と言ってもいい。キミは今からその21gの身体で壮大な旅をするんだ。だけど彼等[半妖精]と違って[人間]は肉体と魂の繋がりが強い。まるで肉体という監獄の中に魂を閉じ込めているみたいにね──息苦しくないの?」
「確かに。[半妖精]は生を諦めるとどんなに健康体だろうと肉体は魂から分離し【妖精の天国】に至る。なんて話を聞いたことがあったな」
妖精王ティターニアは頷く。
おとぎ話すぎて信じてはいなかったのだが、真実らしい。
「だから多元宇宙に強く接続するために要因が必要。普通ならここで詰んでいるよ。けれどキミには長男が残した〝アレ〟がある」
「魔法封じの聖剣──【英傑なる聖処女】」
「そ。戦乙女が残した唯一の多元宇宙に干渉出来る魔法武器」
「召喚魔法も多元宇宙と関係しているのではないのか。[召喚]の術式を逆にしてしまえば向こうに行けるのでは?」──召喚学によれば『【召喚】は別の世界の物を出現させる魔法』。
「あの魔法書を書いた奴は多元宇宙の存在は知らなかったと思うな。現に彼が試した時は[召喚]で繋げた世界はまったくの別物だったもん。並列世界じゃなくて異世界だよ」
「なるほど。ならばやはりこの聖剣だけが鍵か。……まったく。死んでもなお『末弟』に道を示すなんて貴様らしいではないか」
城の保管庫でほこりをかぶっていた【英傑なる聖処女】。
あまり家族の所有物を眺めるのは好きではない。
主人を無くした物たちによって、奴等はもうこの世界にはいないのだと実感するから。
王の間にて、聖剣を持ち腰を落ち着かせた。
その姿を王宮魔法使いのように眺めるティターニア。
「魔力を込めて。その聖剣がもうひとつの世界と繋げてくれる」
深呼吸し、瞳を閉じる。
「ほとんど経験のない、同じ強さの敵と戦うことになる。キミの敵は『最強の[魔法使い]』。そのままだと勝負は五分五分といったところだろうね。彼から応援だと思って少し魔力を貸してあげるよ」
「随分と協力的だな。後から膨大な請求料がきそうだ」
「えへへ、まさか。裏なんてないよ。この世界ではないけれど彼たちはキミに救われた。その恩返しとでも思ってくれよ。まあ、向こうの彼には『恩を仇で返しやがってっ!』とか言われそうだけど」
「相変わらず、意味不明な事を言う」
その会話を最後に、──魔力の波が暗闇を流れていくような夢を見た。
『魔力とは魂の具現化』という意味を深く理解する。
人は肉体を捨てるとここまで自由だと感じるのか。
暗闇を抜けて、空っぽの肉体に魔力を注ぐ。
──瞳を開いた。
目の前にはルガルアン帝国の姫プレラーティ。
明るすぎるピンク色のロール髪の[狼亜人]。
顔面偏差値が変わるほど化粧が施され、ハート型のアイコンが入っている。
所々ハートの装飾がされた派手過ぎるピンクのドレスが目に刺さった。
しかし、我が知っているプレラーティよりも遥かに幼い。
10歳行くか、行かないか。
目覚めが良いとは言えないが成功したのだ。
「ほう」
ティターニアの魔法研究に感謝する。
奴がいなければ、こんなこと考えつきもしなかったはずだ。
「そして貴様にも感謝せねばなるまい、プレラーティ。我が妻を死刑台に送ったことは一時不問とす」
「なぜ、私の[人造生命]がここまでの魔力を……確かにアルバート様が元ではありますわ。けれど」
「混乱するのは理解する。しかし落ち着け」──プレラーティに【精神安定化】の魔法をかける。しかしそれと同時にピキッと身体が割れる音がした。──「……これでは脆いか」
「貴方は、誰ですの?」
「我はドラゴネス国王……いや第三王子アルバート・メティシア・ドラゴネス。わけあってこの世界の自分自身を殺しに来た」
一度出来たヒビは次第に大きくなって身体がきしむ。
もうダメか。
「プレラーティ。次はもっと完成された我の器を造れ。さすれば貴様の願いを叶えてやろう」
器が割れ、中身が零れる。
再び我は暗闇に戻った。
──失敗だ。
プレラーティが我の器を再び造ってくれるよう願う事しか出来ない。
数刻か、数日か、はたまた数年か。
この暗闇には時間の概念がないのか、それは突然として起こった。
光である。
そこに向かって進めと言われているような。
案の定、光の先は空っぽの肉体。
「ごきげんよう。アルバート様」──勝ち誇った顔で令嬢口調の女が言った。
成長したプレラーティである。
容姿を見るに少なくとも6年以上は過ぎているのだろう。
我の器もそれと同い年くらいだろうか。
「ご苦労。大義である」
「本当に骨が折れましたわ。皇女の私はドラゴネス王国に赴くことは叶いませんもの。それに貴方が王位継承権を捨て、姿を消したせいで素材もろくに集まらなかったのですわ」
「……王位継承権を捨てた?」──なにを言っているのだ。我はそんなことした憶えはない。
「まあ、幸運と言いましょうか。過去に王宮魔法使いをしていたガノールフという老人が協力してくれたおかげで使用した食器から唾液、髪を手に入れることに成功しましたの」
「ガノールフがこの世界の我を裏切り、貴様に協力?」
奴は我の狂信者といっても良い。
そんな奴が小娘の言葉を信じ、協力したと?
一体なにが起きている。
「悪いが、この世界で起きた全てを教えてくれ」──分岐点を知らねばならない。
「ええ、もちろん。その前にお約束忘れていませんわよね?」
「願いを叶える。そう言ったな」
プレラーティは邪悪な獣のように微笑んだ。
「私と一緒に世界征服して下さいまし。女神なんて偶像を捨て、貴方様が新しい神としてこの世界に君臨するのですわ」




