【可能性(上)】‐Bifurcation‐
【アルバート】ドラゴネス王国第三王子。職業:魔法使い。
【ベルカーラ】アルバの婚約者。職業:剣士。
我はドラゴネス王国の第三王子として生を受けた。
名を【アルバート・メティシア・ドラゴネス】という。
『メティシア』は母の名義から賜ったが、妃の座には留まらず自国を治めているそうだ。
この世界では魔力量で人の価値が決まると言っても過言ではないだろう。
[剣士]などの戦闘職すら例外ではない。
そして幸いにも──とは言い切れないが、我は魔力量【神種領域ランク】。
最強の[魔法使い]と呼ばれた。
産声を上げた瞬間に戦争を止めた国すら存在する。
それほどに我は世界の脅威として生まれた。
戦争の抑止力という名の、最悪の殺人兵器。
一機で国はおろか、世界をも凌駕する。
しかしその恐怖は弱者が剣を持つ理由には十分すぎた。
「アルバート様、貴方様の〝夢〟はなんでございますかな?」
「随分と青臭い事を聞くのだな。ガノールフ」
【王宮魔法使い】ガノールフ。
俺が現れるまで『人間種最強の[魔法使い]』と言われていた老人。
我の魔法の師でもあった。
『老人』と表現したが、こやつの魔法への探求心はいつまでも全盛期で、若い[魔法使い]よりも活力的かもしれない。
深淵に至る為ならば罪のない命を奪い、悪魔に魂さえも捧げるはずだ。
自分の知識欲を満たすことしか考えていない、まさしく[魔法使い]という職業に最も適した男だろう。
「その答えは我々の道。どんな夢でもお付き合いしますぞ」
少し考えてみたが、なにも出ない。
「俺には魔法にかける情熱も、人生の目標も悪行への憎しみもない。ただこの一生は王国に捧げた。兄妹は皆戦争で失ってしまったが彼等にはそれなりの恩がある。最後の王位継承者として王国は繁栄させるつもりだ」
[魔法使い]として最初に行ったことは、喜怒哀楽を消すことにあった。
感情は無駄だ。なにひとつとして役に立たない。
王族には喜びも楽しみもあってはならない、怒りや悲しみなんて見ていてみすぼらしい。
たまに感情が戻って気が狂いそうになったこともあったが、何度だって消した。
ただひたすらに王国の敵を滅する。
「おや、また奥様が庭でお食事をしておりますぞ」
ガノールフが呆れたように笑う。
確認するために窓の外を眺める。
王族の食事としてはやや控えめな物が机に並び、花壇を使用人と嗜みながら談笑している我が妻【ベルカーラ・ウェストリンド】。
彼女の赤い髪はどこにいても目に留まる。
「彼女なりの〝妻の責務〟なのでございましょうな」
「どういうことだ? あれはただの食事であろう」
「貴方様はずっとこの部屋にいてお会いにならないではありませんか。だからこうして窓から見える場所でああしている。『私もいる』とでも伝えたいのでございましょうが」
まったく意味が解らない。
ベルカーラを妻に選んだ理由は[人間種]にしては魔力量が高かったから。ただそれだけだ。
だから妻の責務も果たさなくていいし、なんなら他に男を作ってもらっても構わない。
我との夫婦ごっこに興じなくともいいのだ。
「実に哀れな女ですな」──ガノールフが皮肉のように呟く。
「よく解らぬ。感情を捨ててから他人の思考が理解出来なくなった」──常時心の声は聴いているのだが。──「兄弟、特に口うるさい長男すら我が変わることはないと断念したくらいだ。もう手遅れなのだろう」
そう考えると自分が人の形を保っているだけの化物のように思えてくる。
感情を捨てた国を滅ぼす兵器。
──……もしや魔王よりも脅威なのでは。
結局のところ自分の結末は【未来視】によって随分と前に知っている。
我は人類の悪として断罪される運命なのだ。
だから妻にだけ「逃げろ」と言った。
お前には無関係な事象だと。
しかし彼女は留まったのだ。
我の瞳を真っ直ぐ見て「どうなろうと、貴方の妻であったことを後悔しない」と。
愚かしい、くだらない仁義の為に命を落とすのか。
帝国の処刑台を登っていく彼女を眺めながら、「なんて哀れな女だ」と心から思う。
しかし彼女は微笑んだ。
おぼろげな記憶、母親が子を慰めるように。
自分の死に貴方は責任を負わなくていいと伝える。
「私はベルカーラ! 公爵家ウェストリンドの令嬢であり、王国の英雄アルバート第三王子の妻。この断罪が正義の為ならば喜んでお受けいたします。しかし悪ならば私は必ずや災害となって貴方達に復讐することでしょう」
そうして妻は目の前で処刑された。
大人数でひとりの女を殺めた。
「……ベルカーラ」──初めて彼女の名を呼んだ。とても綺麗な名だ。
その一声が引き金になったのか、【魔法完全無効の特性を持つ[魔封石龍]の化石】から作られた拘束具のせいか。
感情のコントロールが出来なくなっていた。
襲い来るのは耐え難い怒りと罪悪感。
「貴様等は皆平等に悪だ。この場にいる男も女も老人も子供も、紛れもなく悪だ。彼女の呪いはこのアルバートが引き継ぐ。我こそが〝災害〟となろう」
全員が息を飲む。
しかし無力化された[魔法使い]になにができるのだと苦笑い。
首切り役人は次はお前だと言わんばかりに斧を向ける。
「よく吠えましたわ。それでこそ私が求めた男。ベルカーラを殺せたことで復讐は終えている。それに貴方が墜ちていく姿はさぞかし美しいことでしょう」
耳元で誰かが語った。
そして拘束具が外される。
悲鳴が上がった。
逃げ惑う民衆、弾け飛ぶ。
想像出来うる最も残酷な手法で。
ほどなくして沈黙が訪れた。
立っているのは自分だけ。
ベルカーラの身体を治し抱き上げる。
残念ながら、死者を蘇らせることだけは出来ない。
みすぼらしいほどに涙が流れた。
我はこんなにももろい生き物だったのか。
「不可能だろうと実現させてみせる。──〝死者の蘇生〟を」
初めて生きる理由を定めた。
我が師がそうであったように。
それを成す為ならば、どんな厄災にだってなってやる。




