【開幕】‐Prologue‐
この国で第三王子【アルバート・メティシア・ドラゴネス】を知らない者はいない。
もちろん王族なのだから知らない方がおかしいのだけど、第三王子は経緯が違った。
[人間種]を中心に[半妖精種][亜人種]が暮らしているこの【ドラゴネス王国】は太古の昔一匹の──この世界のどの存在よりも魔法特性が高く、神聖的な種──[龍]と魔族から人間種を救った【戦乙女】によって造られたと語られている。
また異種夫婦だったそうだ。
であるため王族はドラゴンの血を引いており魔力量はSSクラスでさえざらである。
[純人間種]の限界はCクラスだというのに。
彼ら王族は生まれながらにして全てを手にしていた。
第一王子【ユリアス】──SSランクの[剣士]。
第二王子【レオルド】──Aランクの[軍師]。
第一王女【フェリーナ】──Sランクの[盾使い]。
第二王女【イルミア】──SSランクの[召喚師]。
そして件の第三王子は──……噂によると魔力を手放した。王位継承権と共に。
「破滅願望」「元から全部持ってると人間おかしくなる」なんて酒場の冒険者たちは語らうがそうじゃない。
彼は信念を守るためなら全てを捨てたのだろう。
それはまだこの世界に理解者は得られない特殊な美学。
信仰と言っても過言ではない。
「──実にお粗末だ。殺害方法も、隠蔽工作も、魔法魔法魔法。動機だけ少しは期待したが『禁断の魔法書』を手に入れるため? あー、これだから異世界というやつは。──[探偵]の殺し方を心得ている」
「な、なんだ貴様ら!?」
「お前の対にある者だ。老いた[召喚師]殿。俺はアルバ。そしてこいつは助手のティファだ」
ボクはぺこりと頭を下げるけど特に言葉は発しない、出る幕ではないから。
アルバはこの場面を『火曜サスペンス終盤の崖上』と呼んでいた。ボクはただ犯人を険しい顔で睨みつけていれば良いらしい。
教会の神父であり有名な[召喚師]。
[魔法使い]がモンスターに襲われる事件の首謀者である。
[軍団小鬼][豚獣人][石化蛇]全ての犯行に登場するモンスターは彼の召喚獣。
「髪が茶色の[半妖精]娘とまったく魔力を感じない貴様が、私を止めるだと? 冗談は止してくれ」──悪役じみた大笑いをした。
「なにがそんなにおかしい? ああ、なるほど。ティファがそんな格好をしているせいだな。だからシリアスな場面では性別に合った服装をしろとあれほど──」
ボクに説教している最中に炎魔法【ファイア】が放たれる。
アルバは当然のように避けた。──かに思えたけど、服が少し燃えている。
「わっ!」──抱えられたボク。下着が見えないようにスカートをおさえた。
「そもそも私を裁ける者などこの国にいるものか! 証拠は残っていない。利用した召喚獣もしっかり始末しておいた。【魔法省】が捜査したところで証拠不十分で無罪だ」
「うむ。その通りだ」
「えっ!? それで良いの?」
実際【魔力持ち】が問題を起こした場合、事実確認が難しいため曖昧な結論に行き着くことが多い。
逆に被害者が名誉毀損で訴えられて金銭を失うのだって少なくないのだ。
魔法学問書でも触れられているように【魔力があれば誰にでもその犯行が出来た可能性があり。魔法がこの世界にある限り魔法犯罪は立証されない】。
「だが[探偵]はそんな不条理を許さない。【召喚魔法】には魔法陣が不可欠だ。それらは複雑な魔法を行使するため、使う者によって模様が違う。つまり指紋と同じように使用者が特定出来る」
「それがどうした? 私の魔法陣の模様を知ってどうする。殺しに使用した陣は完全に消したに決まっているだろう」
「勉強不足だな。助手に質問だ。【召喚魔法】と【転移魔法】の違いは?」
「召喚学によれば『【転移】はこの世界に存在する物を魔法によって別の場所に移動または出現させ、【召喚】は別の世界の物を出現させる魔法』。だから【召喚魔法】の場合は同じ種族でもちょっとした違いがあったりするよね」──そのおかげでモンスターの襲来ではなく[召喚師]が関わっていると分かった。
「その通り。つまりお前がしているのは【異世界に存在するモンスターの召喚】だ。魔法陣を消した程度じゃ物足りない。異世界との繋がりが残留している限り魔力を注げば再び浮かび上がる」
アルバ曰く『マッチの火を消しても、マッチから出る煙に火を当てれば再び点火するようなものだ』。
「そんなのは推測。希望的観測に過ぎない」
首を振る。
もう実証済みなのだ。魔法使いによる治安維持組織【魔法省】を呼び実験したところ全ての事件現場近くに同じ魔法陣が発見された。
「そして殺害された[魔法使い]は皆、闇市に出入りしていたという証言がある。自宅の【魔法使いの地下工房】にたんまりと魔法書が見つかったが、荒らされていた。おそらくお前は他人を消しても手に入れたい魔法書が闇市で売られたことを知ったが誰が買ったか分からず、探し回ったのだろうな」
「……だから連続犯罪になった。一冊の本のためだけに」
①事件現場で発見された魔法陣の模様。
②動機の引き金になった魔法書の所持。
このふたつが揃えば魔法犯罪の立証と言えるだろう。
③現在の会話。──これはボクたちを最終的に消すつもりで漏らしたものだし、録音も出来ていないから証拠能力は薄い。
「だから魔力貧困層は嫌いだ。たった一冊がどれほど価値があると思っている? これならば大陸ひとつでも惜しくない」──勢いよく魔法書を開いた。
魔法詠唱。
進むごとに足元に魔法陣が出来上がっていく。
事件現場にあった陣よりも巨大で魔力感知が苦手なボクでも魔力のゆらめきが見えた。
これぞ本来人間種最上ランク〝C〟の[召喚師]の本領。
そこに魔法書に込められた魔力が上乗せする。
「これさえあればSランクにも引きを取らん! この世界は魔力量こそ全てだ! 誰を殺めたなどはまったく意味をなさない。私こそが秩序となるのだから! 邪魔者は全て消す」──魔法書の1ページに親指の血をつけて。──「召喚[灼熱龍]!! 全てを焼き尽くすのだ」
現れたのは炎に包まれた巨大な[龍]。
この国のシンボルであり、魔力量A〜SSランクの最上種属。
目が合っただけでボクはその場に座り込んでしまう。
周りは一瞬にして火の海。
[龍]が吐息を吹くだけで草木が燃えていく。
「異世界人は様式美がなくて困る」
アルバは深いため息をつき、右手の人差し指にしている指輪を外した。
金色だったアルバの髪がこの世界では珍しい黒色に。
──途端に空気が変わった。
──まるで妖精の国のような神聖さ。
──炎も消え、緑が茂る。
気のせいか[龍]さえ目を丸めて驚いているように見えた。
「な、なにをした? ……これはいったい……」
「事件は幕引き。役目を終えた犯人にはセリフも与えん。【探偵を亡き者にした不条理に裁きの鎖を】」
「──……っ!?」
異次元から出現した無数の鎖が[召喚師]と[龍]に巻きつき地面に拘束する。
その姿はまさに王に謁見する配下のよう。
[召喚師]が言うように魔力量で階級が決まり、秩序であるならば、この場において秩序と正義は誰か、明白だった。
王位継承権と共に魔力を手放した。
──他人が聞いたら鼻で笑うような信念の為に。
[探偵]アルバと名乗る彼は──アルバート・メティシア・ドラゴネス第三王子だった。
【神種領域ランク】──最強の[魔法使い]。
根っからの魔法嫌いさえなければ世界さえ手に入れたはずなのに……。
「帰るぞ。次はもっと探偵らしい事件の依頼が欲しい」
「うん、帰ろ。ボクたちの探偵事務所に」
これはアルバがなりたい自分になる為に魔法犯罪に立ち向かう物語。
──そしてボクが彼の【最高の相棒】になる為の物語。