86 本当の家族
シャルロッテを家族と引き離す算段をつけている最中に「家族と過ごしてもらいたい」?
正直言っている意味がわからず唖然としていると、ロエナが眉を吊り上げて怒鳴った。
「あなた正気ですの?!あの惨状を見ておいて、よくもそんなことを……!」
しかしノアが気にする様子は一切ない。
むしろ楽しそうに笑みを浮かべてさえいる。
俺はふと疑問に思って、ノアに問いかけた。
「家族って誰のことだ?」
ノアはその質問が嬉しかったらしい。
ふふふ、と笑い声を漏らす。
「それはもちろん、彼女を大切に思う、本物の家族だよ」
そんな人物は、一人しかいない。
俺は到底無理だと思っていたが、ノアには何やら考えがあるらしい。
王やロエナはノアの真意が今一つわからないないようで、複雑そうな顔をしている。
「お母さんを生き返らせるの?」
ぱっと思いついたように、妻が言った。
しかしノアは首を横に振り「死んだ人間を生き返らせることはできないよ」と言った。
「……彼女を、ユージの元へ帰してあげるのですか?」
そう言ったのは、ロエナだった。
その瞳には、困惑の色が浮かんでいる。
ノアはまた首を横に振った。
「それもできない。元の世界での彼女はすでに死んでしまっているからね」
ロエナは落胆した様子だった。
うつむき、小さな声で「……そうですか」と呟く。
そんな、娘の様子を見ながら、王が言った。
「ならば、ユージをこちらに連れ戻すのか?」
王の言葉に、ロエナがハッと顔を上げ、ノアに期待の眼差しを向ける。
愛する人にもう一度会いたい。
そんな願いが手に取るようにわかった。
「ご名答」
にやりと笑うノアは、いたずら少年のようだった。
焦らさず、最初から教えてあげればいいものを……と思わずにはいられなかったが、言わないことにした。
「でも、勇司くんをこちらに連れ戻すのも、一筋縄ではいかないよ。彼を帰還させたのは、この世界の女神だからね。連れ戻してもまた強制送還されたら元も子もないでしょ?それに、あちらの世界とのバランスもある。こちらの世界に2つの魂を一度に取り込んじゃうと、世界のバランスが崩れて、最悪の場合大きな厄災に見舞われる可能性がある」
「……じゃあ、どうするんだ?」
「そりゃ、そもそもの元凶に責任を取ってもらうしかないでしょ」
ノアはあっさり言った。
そもそもの元凶と聞いて、思い浮かぶのは……。
「……女神か?」
ガチャン!
大きな音が、王の足元から響いた。
視線を向けると、先程まで王が手に取っていたティーカップが、床の上で無残に割れている。
「……どういうことだ?」
かつてないほど険しい顔をした王が、俺とノアを睨みつける。
そういえば、王には女神の所業については濁していたことを思い出した。
この国の人間は、信仰心が厚い。
だからこそ、いきなり女神の話をすると警戒されると踏んだのだ。
しかしもう、隠しておく理由はないだろう。
俺は王に、勇司の異世界転移の経緯を説明した。
妹を救うため、魔王討伐を引き受けると女神に約束したこと。
しかし女神は約束を守らなかったこと。
そして勇司と入れ替わりに、妹の茜を世界の糧にするためにこちらの世界へ連れ去ったこと。
王は口を挟むことなく、静かに話を聞いていた。
ロエナは、父が怒り出すのではないかとハラハラしているようだった。
しかし意外にも、話を聞き終わった王は「なるほどな」とたった一言呟いただけだった。