表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/266

9 猫

 勇司の話を聞いた俺たちは、「忙しいから」という理由で早々に彼の家を追い出された。

 異世界にまつわるすべてを、彼はもう忘れてしまいたいのかもしれない。


 もう少し話を聞かせてほしいとねばったが、これ以上話すことはないと押し切られてしまった。

 無理を通すわけにもいかず、お暇した俺たちは解散することになった。

 

 それぞれ思うことがあったのだろう。

 この件に関する意見交換は、また改めて場を設けて行うことになった。


 ひとり歩く帰り道、俺は考えを巡らせる。



 勇司の話が真実だったのかはわからない。

 すべてが作り話、あるいは妄想である可能性も捨てきれないだろう。

 しかし、彼の話は真に迫るものがあった。


「命がけで世界を救った結果がこれとは、報われない…。」


 彼の異世界での冒険は、ありふれた異世界ものの漫画や小説そのものだった。

 だが、それこそ「身命を賭して戦った」彼の苦労は計り知れない。

 3年という長い時間をかけて守った世界も、あっさりと彼に背を向けてしまった。


 この世界に帰還してからの彼の境遇を思えば、異世界で暮らし続けた方が幸せだったに違いない。

 妹のため、異世界のために二度も自己犠牲を選んだ彼に対して、女神はなぜこれほどまでにひどい仕打ちをしたのか。

 他人事ではあるが、憤りを感じる。



 ただ、異世界からの帰還者という存在が、俺の心に希望を灯したのも事実だ。



 異世界での役目を終えれば、元の世界に帰還できる。

 ただし、それは娘のさらわれた世界にも当てはまるのだろうか。


 川西夫妻の話を思い出す。

 彼らは、異世界からの娘の電話で「元の世界に戻るすべはない。」と確かに聞いたという。

 それはすなわち、以前の仮設通り転移先の異世界は複数あり、それぞれルールが異なるということではないか。

 

 娘の世界は、果たして…。

 答えを得られない問いにさいなまれながら、俺は自宅玄関の扉を開いた。



「ただいま。」



 声をかけると、妻がひょっこりと顔を出し、「おかえり!」と元気に返してくれた。

 妻がこの状態になってしばらくは、妻の姿を見るとより辛く感じてしまっていたが、今ではこの明るさに救われている。


「お義母さんは?」


「家に帰ってるよ。すぐ戻ってくるって言ってた!」


 そう話す彼女の足元には、黒猫が一匹まとわりついている。

 しゃがみこみ、「ただいま。」と声をかける俺を一瞥し、甘えるように妻に身体をこすりつけた。


「コトラ、伊月くんにおかえりしなきゃダメでしょ!」


 妻はそうたしなめたが、俺には懐かない黒猫が自分に懐いているのがうれしいのだろう、頬がゆるみっぱなしだ。



 記憶を失う前の妻は、俺のことを「パパ」と呼んでいたが、今は「伊月くん」と名前で呼んでいる。

 娘が生まれる前に戻ったようで気恥ずかしかったが、自分を子どもだと認識しているのだから、俺のことを「夫」として受け入れられないのは仕方ない。

 それに伴い、俺も彼女を「ママ」と呼ぶことはしなくなった。



「詩織、今日は変わったことはなかったかい?」



 俺が問いかけると、妻は少し考え込む仕草をしてから「新しい友だちができたよ。」と言った。


 友だち?

 この状態の妻に?


 不審に思い戸惑っていると、玄関のインターホンが鳴った。


「お母さんだ!」


 うれしそうに駆けていく妻の後ろ姿を見つめながら、そこはかとなく嫌な予感が胸を支配していた。

 そんな俺の様子をじっと見つめるコトラの視線には、気づくことなく。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ