73 ギルドでのひと悶着
ドラゴンの巨体をどうするのかと思ったら、ノアはまるごと鞄の中に入れてしまった。
鞄の口を開いてドラゴンの身体に当てると、吸い込まれるように鞄に収納されたのだ。
あんぐりしながらその様子を見ていると「魔法の鞄だって言ったでしょ」なんて涼しい顔をしている。
収納容量が桁違いなのは知っていたが、大きな城くらいのサイズのドラゴンが入るとは思わなかった。
「ドラゴンは、身体全体が貴重な素材だからね。まるごと運ばないと損するよ」
にやっと笑ってノアが言う。
鱗や牙はもちろん、血の1滴さえも無駄にはならないという。
ノアが「もちろんお肉は絶品だよ」というと、妻とコトラが目を輝かせた。
ドラゴンステーキ。
夢の食べ物だ。
男の浪漫と言っても過言ではない。
少しワクワクしながら、これからどうするのかとノアに訊ねる。
「このドラゴンをギルドに持っていくよ。こんなに大きいドラゴンを討伐した冒険者……街の領主はどうするかな?」
「……囲い込む?」
「そう。自分の戦力としてほしがるだろうね」
それがつまり、有力貴族とコネを作ることにつながるのか。
ならば、これから行く街は、侯爵よりも身分の高い貴族が治める土地ということになる。
「相手は公爵とか?」
「どうかな?」
「でも侯爵より上の貴族って、公爵くらいじゃないか?」
「ま、街に行ってのお楽しみだね。どちらにせよ、大きな街だからね。着いたらまず、食事にしようか?おいしいものがたくさんあるよ」
そう言って歩き出したノアのあとを追う。
妻は「おいしいもの」というフレーズにご機嫌で鼻歌まで歌っている。
俺は軽く呆れながらも、空腹を感じていた。
※
街の入り口には、検問所が設置されていた。
身分証の提示を求められ、一瞬身構えたが、案の定ノアが精巧な偽造品を用意していた。
簡単な質疑応答を終え、すんなりと入り込んだ街の中は、活気にあふれている。
大広場には、さまざまな屋台が軒を連ねていた。
「あ、ケバブ!」
妻が指差し、大きな肉がぶら下がっている屋台めがけて走っていく。
この世界にもケバブがあるのかと思いつつ、他の屋台にも目を向けた。
串焼き、飴細工、フライドポテト、サンドイッチなど、見慣れた食べ物もちらほらある。
「勇者が伝えた食べ物も多いらしいよ」
ケバブを頬張りながら、ノアが言う。
勇者というと、勇司くんのことだ。
屋台のラインナップに、彼の食の好みがわかるような気がした。
食事を終えた俺たちは、ギルドへ来ていた。
子どもの冒険者は珍しいのか、中に入ると怪訝そうな目を向けられる。
受付には短い列ができており、最後尾に並んだ。
すると、前に並んでいた男が話しかけてきた。
「おいおい、ここは子どもの遊び場じゃねえぞ?」
テンプレみたいなやつだな、と思いつつも、トラブルは避けたいのでスルーした。
男の仲間と思われる女性が「やめときなって」と制止していたが、男は無視されたことが気に食わないのか、ふいに俺の胸ぐらをつかんできた。
「ガキが。いっちょ前にすかしてんじゃねえよ!」
アルコールが入っているのか、わずかに酒の匂いがする。
俺は男の手をそっと振りほどき、妻に順番が来るまでノアと離れたところで待つように言った。
妻は俺のことが心配なのか首を横に振ったが「大丈夫だ」と笑うと、安心したようだ。
しかし、そんな妻の行く手を阻むように、男が妻の方に手を伸ばす。
とっさに、男の腕をつかんだ。
男は「離せ」と抗議したが、妻に危害を加えられてはたまらない。
……いや、装備の防御力が高いから、実際に危害を加えられる可能性は限りなく低いが。
とにかく、あまり怖い思いをさせたくはない。
そのとき、背後から「何の騒ぎだ?」と声をかけられた。
振り返ると、鮮やかな緑色の長い髪をたなびかせた美女が立っていた。
耳が細長く尖っているから、エルフだろうか?
美女を目に留めた男は、ビクッと体を震わせた。
男の仲間も青い顔をしている。
「あなたは?」
ノアが訊ねると、美女はギルドマスターだと名乗った。