表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
76/266

70 異世界憑依

「あれ?」



 白い扉をくぐった先は、いつも屋外だったが、今回は建物の中だった。

 あたりを見渡し、おそらくここが小さな小屋の中だと察する。


 妻とコトラ、ノアがいっしょにいることを確認してから、ノアに「ここは?」と問いかけた。



「ここはとある森の中にある、冒険者用の休憩所だよ」


「冒険者用の?」


「そう。この辺りは魔物が多くてね、野営するにも危険が多い。だから、魔物除けの結界を張った休憩所を設置しているんだ」


「……なるほど」


「由佳里ちゃんのところに夜間に忍び込んで、疲れているでしょ?まずは休憩をしようと思って」



 ノアの提案は、正直ありがたかった。

 窓の外が明るいため、この世界はどうやら朝か昼の時間帯らしい。

 しかし、由佳里のいた世界ではまだ夜遅い時間。


 一連の騒動が落ち着き、気が抜けたことで眠気が一気に襲ってくる。


 俺の横で、妻も眠い目をこすり、あくびをかみ殺していた。

 コトラに至っては、床に丸くなってすでに眠り始めている。



「みんなよく頑張ったね。ひとまずおやすみ」



 ノアに促され、鞄から寝袋を取り出す。

 異世界へ渡ったときに与えられた鞄は、見た目の何倍も容量がある魔法のバッグだ。

 なかには寝袋や着替え、食料など、生活に必要なものが一通りそろっている。


 鞄にもともと入っていた寝袋は、薄く見えるのに、ふかふかの寝心地だ。

 寝袋にくるまった妻は、あっという間に寝付いてしまった。

 それを確認して、俺も目を閉じた。


 俺はまどろむ間もなく、深い眠りに落ちた。







 眠りから覚めるころには、窓の外はすっかり暗くなっていた。

 あくびをしながら起き上がって、周囲を見渡す。


 妻はまだ夢の中らしい。

 幸せそうな寝顔で、口をもごもごと動かしている。

 何かおいしいものを食べる夢でも見ているのだろうか?



「おはよう。よく眠っていたね」



 ノアに声をかけられ、俺は笑う。



「おはよう、といっても夜みたいだけどな」


「そうだね。今回はちょっと時間がずれちゃったから、しばらく時差ボケがつらいかもね」


「異世界間でも時差ボケってあるんだな」



 小屋の中は、こざっぱりとしていた。

 明かりは備え付けられているが、それ以外の家具は一切ない。


 俺が「シンプルだな」と言うと、ノアは「盗難対策だよ」と教えてくれた。


 小屋ができたばかりのころは、ベッドや調理器具など、最低限の生活用品が備え付けられていたらしい。

 しかし小屋を利用するのは、善人ばかりではない。

 1週間もしないうちに小屋の設備はほとんど盗まれてしまい、今のシンプルな状態に収まったという。


 ちなみに明かりは、天井に魔方陣を刻印して確保しているため、盗難の心配はいらないようだ。



「さて、詩織ちゃんが寝ているうちに、ちょっと難しい話をしようか」



 ノアがそう言って、俺にコップを差し出した。

 お茶を淹れてくれたらしい。


 俺は礼を言ってコップを受け取った。

 ノアの淹れてくれるお茶は、元の世界から持ってきた日本茶だ。

 俺たちが少しでも安らげるようにと、わざわざ用意してくれていたらしい。


 懐かしい香りに、気分が落ち着く。

 俺はお茶を一口すすってから、ノアに視線を向けた。



「今回は、ちょっと特殊なケースなんだ」


「特殊?」


「そう。今までのは、単純な異世界転移だったけど、今回は違う」



 どういう意味だろう?

 意図が分からずに首を傾げていると、ノアが詳しく説明してくれた。



 異世界に行くには、いくつかの方法がある。


 一つは、異世界転移。

 単純に元の世界から異世界へ移動するパターンだ。

 神の干渉で多少姿が変わることがあるが、基本的に姿は元の世界のままだ。

 俺や詩織、コトラ、そして今まで出会った異世界転移者はみなこのパターンだ。


 ほかに有名なのは、異世界転生。

 ラノベや漫画などでよく見かける、元の世界で死んだあと異世界で生まれ変わるパターンがこれにあたる。

 ちなみに、異世界転生も珍しくはないらしい。

 死んだばかりの人間の魂を異世界の神がこっそりさらっていって、勝手に転生させているという。

 輪廻転生の輪に戻る一瞬のスキをついてくるらしく、タチが悪いとノアが憤っていた。



 そして、異世界憑依。

 異世界の住人の肉体に、魂がとりつくこのパターンは、これは異世界転移や異世界転生に比べると珍しいらしい。

 異世界で命を落とした人間に憑依することもあれば、元人格と共存することもあるという。



「次に会いに行くのはね、転移者じゃなくて、憑依者なんだ」


「憑依者ってことは……元の肉体はあっちの世界に残っているのか?」


「いや……」



 やけに歯切れの悪い返事だ。

 ノアの話からすると、こちらにもあちらにも肉体がないということになるが……。



「彼女は、元の世界で死んでしまったんだ」


「え……?」


「そして、肉体ごと異世界に連れ去られ、魂はこの世界の人物に憑依させられた。そして肉体は……分解され、この世界の養分として吸収されてしまった……」


「は?」



 とんでもない話だ。

 なぜ異世界から人間の肉体を持ってきて、養分にする必要があるんだ?


 俺の疑問に答えるように、ノアが解説する。



「君たち人間は、食事をすることで栄養をとるよね?自分の体の中では作れない栄養を、食事から摂取する。それによって、生きていける」


「ああ」


「この世界でもそうだよ。世界の維持のために必要なエネルギーが不足しているけど、それを自らの世界で自給自足することは難しい。それならば、外から補給しようと考えた。だが一番大きなエネルギーを秘めているのは魂で、すぐに分解するよりも培養する方が望ましい。だから、この世界の人間に憑依させた。一方で肉体のエネルギーは魂に劣るから、すぐに分解して吸収してしまったんだ」



 なかなか難しい話だが、要は果実と種のようなものだろうか?

 果実を食べ、種は植えて育てることにしたと。


 ……本当に、虫唾が走る話だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ